Shrine

息栖神社いきすじんじゃ

茨城県に鎮座する神社です。御祭神は久那戸神(岐神)。開運のご利益で知られます。

由緒

息栖神社は、久那戸神を祀る東国三社の一社。鹿島神宮・香取神宮とともに古くから信仰され、関東以北の人々は伊勢参宮後に禊ぎの下三宮巡りとして参拝したと伝えられる。交通守護・厄除けの神として崇敬される。

例大祭

4月13日

よくある質問

息栖神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

息栖神社で御朱印はいただけますか?

御朱印初穂料500円。

息栖神社の例大祭はいつですか?

4月13日

息栖神社の公式情報はどこで確認できますか?

息栖神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

息栖神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

茨城県開運

堀出神社

ほりでじんじゃ

寛文3年(1663年)8月13日、前浜村と平磯村の境界をめぐる争いの折、路上の吹きはげた場所に備前焼の忌垣に囲まれた窪みが見つかり、掘ったところ石室が現れて刀・槍・鉾・矢などが出土したと伝えられます。これらは水戸城へ送られ「磯前明神の本体」と判断されました。地元の願いを受けて岡見吉為が小社を建て、のちに寺社奉行の取り計らいで藩の許可を得て社殿が造営され、寛文11年(1671年)8月13日に遷宮式が

所在地
茨城県ひたちなか市阿字ヶ浦町178
御祭神
誉田別尊
茨城県開運

村松大神宮

むらまつだいじんぐう

社伝では和銅元年(708年)4月7日の創立と伝えられます。飛鳥時代、平磯前浦の巨巌から怪しい光が発したことにちなみ、伊勢の大神をこの地に奉斎したのが起こりとされ、「茨城のお伊勢さま」と呼ばれてきました。平安時代の康平3年(1060年)には源頼義・義家父子が社殿を造営したと伝わり、室町時代の永享7年(1435年)には戦乱を避けて神璽が遷されています。江戸時代には徳川幕府から寄進を受け、元禄年間に再興

所在地
茨城県那珂郡東海村村松1番地
御祭神
天照皇大神、天手力男神
茨城県勝負運厄除け

若宮八幡宮

わかみやはちまんぐう

応永年間(1394〜1428)、佐竹氏12代の佐竹義仁が鎌倉の鶴岡八幡宮から分霊を勧請し、太田城内に守護神として祀ったのが始まりと伝わる。以後は佐竹氏歴代の祈願所となり、関ヶ原の戦い後に佐竹氏が秋田へ移封された際には、分霊が大館城の守護神として奉持された。江戸時代には水戸徳川家の崇敬を受け、慶長14年(1609)に初代藩主徳川頼房の病気平癒祈願が成就したと伝えられる。水戸藩が領内の八幡社を整理した

所在地
茨城県常陸太田市宮本町2344
御祭神
大鷦鷯尊(仁徳天皇)、倉稲魂命
系統
八幡
茨城県勝負運厄除け

水戸八幡宮

みとはちまんぐう

文禄元年(1592)、常陸太田から水戸へ居城を移した佐竹義宣が、氏神として崇敬していた常陸太田の馬場八幡宮から八幡大神を水戸城内に勧請したことに始まる。慶長3年(1598)に本殿が建立され、水府(水戸)総鎮守と定められた。元禄7年(1694)にいったん那珂西村(現・城里町那珂西)へ遷されたが、宝永6年(1709)、水戸藩三代藩主・徳川綱條の代に現在の白幡山の社地へ改めて鎮座した。本殿は国の重要文化

所在地
茨城県水戸市八幡町8-54
御祭神
誉田別尊、息長足日売尊
系統
八幡