由緒
寛文3年(1663年)8月13日、前浜村と平磯村の境界をめぐる争いの折、路上の吹きはげた場所に備前焼の忌垣に囲まれた窪みが見つかり、掘ったところ石室が現れて刀・槍・鉾・矢などが出土したと伝えられます。これらは水戸城へ送られ「磯前明神の本体」と判断されました。地元の願いを受けて岡見吉為が小社を建て、のちに寺社奉行の取り計らいで藩の許可を得て社殿が造営され、寛文11年(1671年)8月13日に遷宮式が行われました。掘り出された御神体にちなむ社名で、学問・厄除けの八幡さまとして信仰されてきました。令和元年(2019年)には境内に黄金の鳥居が連なる「ほしいも神社」が創建され、参拝者を集めています。