由緒
『延喜式』神名帳に河内国石川郡の式内社として載る古社で、旧社格は郷社。社伝では崇神天皇10年、この地に五彩の大蛇が現れたのを大国主命の荒御魂の現れとみて祀ったのが始まりとされ、のちに丹波からの神懸かりによって「美具久留御魂」の神名を贈られたと伝える。『日本文徳天皇実録』嘉祥3年(850年)12月の条には「河内国和爾神の階を進め、従五位上を加う」とあり、当社は和爾神社の別名でも呼ばれてきた。本殿には五座を祀り、中央に美具久留御魂神、左に天水分神・弥都波廼売命、右に国水分神・須勢理比売命を配して、水を司る神への信仰を伝えている。羽曳野丘陵の東斜面中腹、標高約103メートルの地に鎮座し、富田林市の文化財解説では「下水分(しもすいぶん)神社」の通称でも紹介されている。