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近畿の神社一覧

近畿の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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近畿の神社一覧

394件中1-20件を表示しています。

京都府縁結び開運

一宮神社

いっきゅうじんじゃ

社伝によれば、慶雲4年(707年)、麿子親王によって創建されたと伝わる古社である。祭神の大己貴神は大国主神の別名としても知られ、国土経営に関わる神として信仰されてきた。江戸時代には三輪明神とも呼ばれ、福知山藩の鎮守として藩主から篤い崇敬を受けた。正徳4年(1714年)の火災で本殿をはじめ境内の建物をすべて失い、現在の本殿は享保3年(1718年)に再建されたもの。明治以降は旧社格府社に列せられた。境内の花崗岩製の石燈籠は鎌倉時代のものとみられ、市内最古の石燈籠として福知山市の文化財に指定されている。

所在地
京都府福知山市字堀2249
御祭神
大己貴神
系統
出雲
三重県開運

伊賀留我神社

いかるがじんじゃ

創建年代は不詳。『延喜式神名帳』にみえる伊勢国朝明郡の伊賀留我神社とされる式内社で、旧社格は郷社。古くは「斎宮大明神」とも呼ばれ、伊勢神宮との関わりが深い『神鳳鈔』の「鵤御厨」の地に鎮座する。社蔵の古祭文には貞観3年(861年)に六人部津根呂が旧殿を新修したと伝わる。鵤(いかるが)村は江戸時代の寛永年間に南北二村に分かれ、北は桑名藩の茂福村、南は忍藩飛地の羽津村に属したため、伊賀留我神社も両村に並立することになった。当社はその北側・茂福の社で、主祭神は大日孁貴命、大山祇命を配祀する。

所在地
三重県四日市市茂福483
御祭神
大日孁貴命
兵庫県開運

出石神社

いずしじんじゃ

但馬国一宮で、地元では「いっきゅうさん」とも呼ばれる。祭神は、朝鮮半島から渡来したと伝わる天日槍命と、天日槍がもたらしたとされる八種の宝を祀る伊豆志八前大神で、天日槍と八種の宝は『古事記』『日本書紀』にも記されている。天日槍命は、泥の海だった但馬で円山川河口の瀬戸と津居山の間の岩山を切り開き、濁流を日本海へ流して今の但馬平野を生み出したと伝えられ、治水や産業を興した神として崇敬されてきた。現在の社殿は大正3年(1914)の再建で、三間社流造の本殿、舞殿形式で入母屋造の拝殿、丹塗りの八脚門の神門が並ぶ。国光作の脇差(国指定重要文化財)や条里制の古地図が伝わり、境内北東隅には約600坪の禁足地があって、今も草木を刈ることが許されていない。

所在地
兵庫県豊岡市出石町宮内99
御祭神
伊豆志八前大神、天日槍命
奈良県開運

吉野水分神社

よしのみくまりじんじゃ

創建年代は不詳だが、水の分配を司る天之水分大神を主祭神に、玉依姫命(神像は国宝)以下の神々を祀る古社。「子守宮(こもりのみや)」とも呼ばれ、子授け・安産・子どもの守護神として篤く信仰されてきた。豊臣秀吉が子授けを祈願して秀頼を授かったと伝わり、現在の社殿はその秀頼が慶長9年(1604年)に再建したもの。桃山様式の三殿一棟造の本殿をはじめ幣殿・拝殿・楼門・回廊は国の重要文化財に指定されている。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の霊場「吉野・大峯」の構成資産の一つ。

所在地
奈良県吉野郡吉野町吉野山1612
御祭神
天之水分大神
大阪府開運

四條畷神社

しじょうなわてじんじゃ

主祭神は南北朝時代の武将・楠木正行で、正平3年(1348)の四條畷の戦いで正行とともに殉じた一族・将士24柱を配祀する。正行は楠木正成の嫡男で、「小楠公」とも呼ばれる。伝えによれば、正行は吉野で後村上天皇に拝謁したのち、如意輪堂に一族の名と辞世の歌を記して出陣し、高師直の軍と戦って弟の正時と刺し違え、23歳で没した。明治に入り、住吉平田神社の神主・三牧文吾らがこの地に神社の創建を願い出て、明治22年(1889)に勅許と社号が下された。地元の人々は境内地や金品を寄進し、土運びや石積みにも奉仕して、明治23年4月5日に鎮座祭が行われた。飯盛山の麓に鎮座し、山頂には出陣する姿の正行の銅像が立つ。

所在地
大阪府四條畷市南野2丁目18-1
御祭神
楠木正行 他24柱
京都府開運家内安全

大原野神社

おおはらのじんじゃ

延暦3年(784年)、桓武天皇の長岡京遷都に際し、藤原氏の氏神である奈良・春日大社の神々を小塩山の東麓のこの地に祀ったのが始まりとされ、「京春日」の別称をもつ。平安京へ遷都した後も朝廷の崇敬は続き、国家の大事に奉幣を受ける二十二社の一つに数えられた。嘉祥3年(850年)には、藤原冬嗣を祖父にもつ文徳天皇が社殿を造営し、翌仁寿元年(851年)に初めて勅祭が行われて、春秋二季の祭典が定められた。藤原氏の娘が后妃となるよう祈る社でもあり、寛弘2年(1005年)には中宮彰子が父・藤原道長や紫式部らを伴って参詣したと伝わる。本殿四殿に建御賀豆智命・伊波比主命・天之子八根命・比賣大神を祀り、紫式部の氏神の社としても知られる。

所在地
京都府京都市西京区大原野南春日町1152
御祭神
武御賀豆智命、伊波比主命
系統
春日
京都府開運

建勲神社

たけいさおじんじゃ

明治2年(1869)、戦国の乱世で天下統一や朝廷儀式の復興を進めた織田信長の功績に対し、明治天皇から神社創立の宣下があったことに始まる。翌明治3年に「建勲(たけいさお)」の神号が下され、明治8年(1875)に別格官幣社に列して船岡山に社地を賜った。明治13年(1880)に社殿を新たに造営するとともに嫡男の信忠を配祀し、明治43年(1910)には本殿以下の諸建物を山麓から山上の現社地へ移している。社地の船岡山は、平安京造営の際に北の基点とされたと伝わる小高い丘で、境内からは比叡山や大文字山などの東山の峰々を望める。正式な読みは「たけいさお」だが、「けんくんじんじゃ」「けんくんさん」の呼び名でも親しまれている。

所在地
京都府京都市北区紫野北舟岡町49
御祭神
織田信長公、織田信忠卿
兵庫県開運厄除け

弓弦羽神社

ゆずるはじんじゃ

社伝によれば、神功皇后が三韓からの帰途、忍熊王の挙兵を知って当地に弓矢と甲冑を納め、熊野大神を祀って祈ったところ戦に大勝したという。背後の峰を弓弦羽嶽(弓矢)とも六甲山(甲冑)とも呼ぶのはこの故事による。皇后が里の泉に姿を映したことから、この地は「御影」と呼ばれるようになったとも伝わる。8世紀末に弓弦羽ノ森が神領と定められ、嘉祥2年(849)正月14日に神祠を造営して改めて熊野大神(伊弉册尊・事解之男命・速玉之男命)を祀った。現在の本殿は明治3年(1870)の再建。平成7年の阪神・淡路大震災では社務所や鳥居が倒壊し、平成10年に再建された。八咫烏の導きにちなむ勝利祈願の宮としても知られ、「祭・地車(だんじり)」は神戸市登録無形民俗文化財の第1号、境内の椋木は市指定天然記念物である。

所在地
兵庫県神戸市東灘区御影郡家2丁目9番27号
御祭神
伊弉册尊、事解之男命
系統
熊野
兵庫県学業成就

東天神社

ひがしてんじんじゃ

伊丹市の昆陽(こや)に鎮座し、昆陽村の東の氏神として崇敬されてきた神社。社伝では天平年間(729〜749年)に僧・行基が昆陽池と周辺の原野を開いた際、事業成就を祈願して創建されたと伝わる。昆陽村には東西二つの天神社があり、当社は市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子域とし、西天神社と対をなしていた。祭神は伊弉諾尊と伊弉冊尊で、万物を生み出した祖神として信仰を集める。門前には角柱型の道標が立ち、南面に「左 中山 三田 小濱 有馬」、西面に「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれ、有馬へ向かう街道の分岐点であったことを今に伝える。本殿の背後には昆陽村の庚申碑の一つも祀られており、これらの石造品は伊丹市の文化財として紹介されている。現在の本殿は1970年(昭和45年)に鉄筋コンクリート銅板葺で改築されたもの。

所在地
兵庫県伊丹市昆陽4丁目1番地
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冊尊
系統
天神
大阪府縁結び開運

枚岡神社

ひらおかじんじゃ

河内国一之宮とされる枚岡神社の起こりは、神武天皇の即位3年前と伝わる。東征の途上、天皇の命を受けた天種子命が国土平定を祈り、霊地とされる神津嶽(かみつだけ)に磐境を設けて天児屋根命と比売御神を祀ったのが始まりという。白雉元年(650)に平岡連らによって山麓の現社地へ遷り、神護景雲2年(768)に二神が春日の地に迎えられて春日神社(現・春日大社)に祀られたことから「元春日」と呼ばれる。宝亀9年(778)には春日から武甕槌命と経津主命(斎主命)を迎えて四殿となった。延喜式神名帳では名神大社に列し、明治4年(1871)に官幣大社となっている。鎌倉時代には西大寺の叡尊が蒙古襲来に際して当社で敵国降伏を祈ったと伝えられる。

所在地
大阪府東大阪市出雲井町7-16
御祭神
天児屋根命、比売御神
系統
出雲
滋賀県勝負運厄除け

沙沙貴神社

ささきじんじゃ

少彦名神・大毘古神・仁徳天皇・宇多天皇・敦実親王の四座五柱を「佐佐木大明神」と総称して祀る。延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に名が載り、少彦名神がササゲの莢の舟で海を渡ってササキの郷に来たという伝承が残る。古くは沙沙貴山君の祖神とされる大毘古神を祀ったのが始まりとみられる。平安時代に宇多天皇の流れをくむ源成頼が佐々木庄に住み、孫の経方が佐々木を名乗って神主を務めて以来、宇多源氏・佐佐木源氏の氏神として六角・京極・黒田・朽木など一族の崇敬を受けた。文治2年(1186)には佐々木定綱が、源頼朝の筆と伝わる「佐佐木大明神」の額を大鳥居に掲げたとされる。現在の本殿・権殿・拝殿は江戸末期の火災後に丸亀藩京極家が再建したもので、楼門や回廊などを含む8棟が滋賀県指定有形文化財である。

所在地
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺1
御祭神
佐佐木大明神(少彦名命、大毘古神
系統
八幡
奈良県開運商売繁盛

飛鳥坐神社

あすかにいますじんじゃ

創建の時期は定かでない。『日本書紀』には、国譲りの際に事代主神が八十万の神々を天高市(現在の飛鳥)に集めて天に昇ったとあり、天武天皇元年7月条には「吾は高市社に居る、名は事代主神」との託宣も記される。朱鳥元年(686)には天武天皇の病気平癒を願って、朝廷が飛鳥四社などに幣を奉ったという。8世紀の「出雲国造神賀詞」では、賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備に鎮めて皇室の近き守り神としたと述べられている。天長6年(829)には神託によって神奈備山から現在の鳥形山へ遷ったことが『日本紀略』に見える。延喜式では名神大社に列し、相嘗祭の対象となった数少ない社の一つでもあった。神主家は代々「飛鳥」姓を継ぎ、国文学者・折口信夫もこの家の血筋に連なる。

所在地
奈良県高市郡明日香村大字飛鳥字神奈備708
御祭神
八重事代主神、大物主神
系統
三輪
奈良県開運

高鴨神社

たかかもじんじゃ

高鴨神社は奈良県御所市鴨神に鎮座し、『日本最古の鴨社』『全国鴨社の元宮』と称される古社である。この地は鴨一族発祥の地とされ、古代豪族・鴨氏ゆかりの聖地として古くから祭祀が営まれてきた。その歴史は古事記や日本書紀にも記されており、御祭神である阿治志貴高日子根神(阿遅志貴高日子根命)にまつわる伝承が伝わる。葛城の地に根ざした鴨氏の氏神として、また全国に広がる賀茂社・鴨社の源流の一つとして、時代を超えて崇敬を集め続けている社である。

所在地
奈良県御所市鴨神1110
御祭神
阿遅志貴高日子根命
系統
賀茂
兵庫県商売繁盛金運

柳原蛭子神社

やなぎわらひるこじんじゃ

神戸市兵庫区の柳原、兵庫津の道と西国街道が交わる要地に鎮座する。平安時代以来の良港であった大輪田泊は、平清盛による港湾整備を経て「兵庫津」として海陸の要衝に発展し、当社はその西の玄関口にあたる柳原惣門の前に位置していた。創建年代は明らかでないが、元禄5年の兵庫津「寺社改帳」に社名が見えることから、それ以前から祀られていたことが分かる。社伝では蛭子命が淡路の島より津国へ遷って一社が創建されたと伝え、かつては毎年8月22日に西宮神社からの神幸渡御が行われ、当時の社地であった西宮内町が神輿の行在所となっていた。その後、現在の柳原の地へ遷座している。江戸時代後期の光格天皇の御代には奉幣勅使の代参もあり、福徳守護の神として信仰が広がった。今日では「柳原のえべっさん」の名で親しまれている。

所在地
兵庫県神戸市兵庫区西柳原町5-20
御祭神
蛭子大神、大物主大神
系統
恵比寿
大阪府開運

弥栄神社

やえいじんじゃ

岸和田市北部の春木地区に鎮座する神社。社地は洪積台地の先端部を覆う砂丘の上にあり、古くから八幡山と呼ばれてきた。創建の年代や由緒は明らかでないが、室町時代後期の天文年間(1532〜1555年)にはすでに神社としての形を整えていたと伝えられる。主祭神は素盞嗚尊。現在は春木地区の氏神として崇敬を集めており、毎年9月に行われる岸和田のだんじり祭では、春木地区のだんじりが当社へ宮入りする。祭礼の日は境内が一年で最もにぎわう。南海本線春木駅から西へ徒歩15分ほど、住宅と商店が並ぶ市街地のなかに社叢を残して鎮座している。

所在地
大阪府岸和田市八幡町13-25
御祭神
素盞嗚尊
三重県開運

陽夫多神社

やぶたじんじゃ

伊賀市東部、旧阿拝郡の谷あいに鎮座する延喜式内社で、伊賀河合郷の総社とされる。社伝では宣化天皇3年(538年)の創建と伝わり、国造の多賀連が祭祀にあたったという。もとは現在地より東の藤山に鎮座していたとされ、藪田神社、高松祇園社、河合天王などとも呼ばれた。主祭神は健速須佐之男命で、五男三女神を配祀するほか、明治期の神社合祀により多くの神々が合わせ祀られている。7月31日から8月1日の祇園祭では三重県指定無形民俗文化財の「願之山行事」が奉納され、2月18日の夜には伊賀市で唯一の裸祭り「裸々押し」が行われるなど、古い祭礼が今も受け継がれている。本殿裏手の宮山には古墳群と中世・戦国期の城跡があり、「やぶた古墳の杜」として散策道が整備されている。

所在地
三重県伊賀市馬場951
御祭神
健速須佐之男命、五男三女神
兵庫県厄除け病気平癒

須佐之男神社

すさのおじんじゃ

鎮座した年代は明らかでないが、慶長年間(1596〜1615)にはすでに社があったと記録され、明治維新までは牛頭天王社と称していた。境内地は年貢を免除された除地であったと伝わる。主祭神の須佐之男命は祓いを司る神として、家内安全のほか疫病や方位にまつわる災厄を祓う神として広く信仰を集めてきた。相殿には天照皇大神と建御名方神を祀る。古くは土師氏の祖とされる野見宿禰の後裔がこの地に移り住んだと伝えられ、その縁故から子爵の五條為栄が参拝して自ら若松を植え、変わらぬ契りを記した碑が境内に残されている。阪神本線の香櫨園駅から北西へ700mほどの西宮市郷免町に鎮座する。

所在地
兵庫県西宮市郷免町2-1
御祭神
須佐之男命、天照皇大神
系統
八坂
三重県開運

仙宮神社

せんぐうじんじゃ

創建年代は不詳。『天照皇大神御天降記』に記される志摩国の元伊勢伝承地・多古志宮の旧跡地とされ、伊勢神宮外宮の流れを汲む度会神道と関わりが深い。奈津の山中に祀られていた三狐神社(現在は神前神社に合祀)を「下の宮」と呼ぶのに対し、当社は「上の宮」と称される。社伝によれば仁治年間(1240年頃)に官符を賜り、興国・慶長・元和の各年間に諸方から寄進があったが、その記録は安政年間の高津波で流失したという。元和5年(1619年)に紀州徳川頼宣が入国した際には神領三石が下され、享保9年(1724年)には参道入口に「禁殺生」の石碑が寄進された。明治8年12月に郷社に列せられ、明治39年には神饌幣帛料供進社に指定された。神職は創始以来、加藤家が世襲している。境内には天竺僧佛哲和尚が植えたと伝わる多羅樹があり、本殿後方には巨大な磐座が残る。

所在地
三重県度会郡南伊勢町河内甲宮山77
御祭神
猿田彦命、大宮比賣命
奈良県開運

龍穴神社

りゅうけつじんじゃ

創建年代は明らかでないが、近隣の室生寺よりも古い歴史をもつと伝えられる古社で、水を司る高龗神(たかおかみのかみ)を祀る。奈良時代から平安時代にかけては朝廷が勅使を派遣して雨乞いの神事を営んだと伝わり、室生寺が当社の神宮寺と位置づけられた時代もあった。社殿の上流には龍神が棲むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」があり、古代から神聖な磐境とされてきた。現在の春日造の本殿は、春日大社若宮の社殿を江戸時代の寛文11年(1671年)に移築したもので、奈良県の指定文化財となっている。毎年10月の秋祭りでは、2頭の獅子が五穀豊穣と魔除けを祈願して舞う「室生の獅子舞」が奉納される。

所在地
奈良県宇陀市室生1297
御祭神
高龗神
三重県開運

尾野神社

おのじんじゃ

創立年代は不詳。三重県神社庁が引く『桑名市史』によれば、当社はもともと入江・田宮・船戸の三か村の総社で、三村が合併して東方村となったのち、入江村の人々が尾野入江のほとりで尾野神社を祀ったという。尾野山北の鼻山に鎮座していた社を後に船着大明神の社へ遷して相殿としたとの説もあり、「船着大明神」の別名で呼ばれてきた。境内には御霊と称する前方後円型の古墳があり、往古はその付近に社殿が建っていたと伝える。永禄10年(1567年)には織田信長の兵乱で別当寺の小野山正斎坊が廃絶し、社蔵の古文書や古器物もことごとく焼失した。『延喜式』神名帳の伊勢国桑名郡に載る尾野神社の比定社とされ、倭姫命が巡行した桑名野代宮の伝承地(元伊勢)の一つにも数えられる。明治29年(1896年)に県社へ昇格し、明治41年(1908年)には式内社の立坂神社を合祀した。

所在地
三重県桑名市大字東方2194
御祭神
天押帯日子命、天照大御神

近畿に関連するご利益一覧

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