由緒
安里八幡宮は、琉球王国・第一尚氏第七代の尚徳王によって1466年(文正元年)に創建されたと伝わり、『中山世鑑』や『琉球神道記』などの史書にその由来が記されている。尚徳王が喜界島への遠征に向かう途中、安里の地で空を飛ぶ鳥を見て「この矢で射落とすことができれば遠征を成就させたまえ」と祈願し、見事に射止めたという。さらに那覇港を出港する際、波間に梵鐘が浮き沈みしながら軍船のそばを離れず漂っていたため、尚徳王はこれを八幡大菩薩の加護と考え、戦勝を誓ったと伝えられる。遠征を成し遂げて凱旋した尚徳王は、矢を射た場所に社殿を建てるとともに、梵鐘を納めるための光明山千手院という寺院も隣接して建立した。御祭神は応神天皇・玉依姫命・神功皇后。琉球王国の官社であった「琉球八社」の一つに数えられ、その中で唯一八幡神を祀る神社である。