Shrine

日田神社ひたじんじゃ

大分県に鎮座する神社です。御祭神は大蔵永季、大蔵永弘。開運のご利益で知られます。

由緒

平安時代後期の武人・大蔵永季(おおくらながすえ)を祀る神社。永季は「鬼蔵大夫」の異名を持つ怪力の持ち主で、延久3年(1071)の相撲節会に召し出されて以降、宮中の節会で負けなしだったと伝えられ、地元では「日田殿(ひたどん)」の愛称で親しまれた。この故事から相撲の神として崇敬を集めている。日田市観光協会の案内では、初代日田郡司とされる大蔵永弘もあわせて祀るとされる。日田市城町に鎮座するが、創建年は明らかになっていない。

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近隣神社

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大分県商売繁盛金運

扇森稲荷神社

おうぎもりいなりじんじゃ

大分県竹田市拝田原に鎮座し、通称「こうとうさま」と呼ばれる稲荷社。保食大神を主神に、猿田彦神・大宮女命を祀る。稲荷神社としての創祀は元和2年(1616)と伝え、400年を超える歴史を持つ。それ以前からこの地に「こうとうさま」の信仰があったとされ、近隣には1500年ほど前の横穴墓群が残る。江戸時代、岡藩12代藩主・中川久昭が江戸屋敷で「稲荷狐頭源大夫」と名乗る神霊の告げを受けて危難を免れたと伝えられ

所在地
大分県竹田市大字拝田原字桜瀬811
御祭神
保食大神他2柱
系統
稲荷
大分県勝負運厄除け

大原八幡宮

おおはらはちまんぐう

大分県日田市田島に鎮座し、大帯比売命(神功皇后)・誉田別尊(応神天皇)・比売大神の三柱を祀る、大分県下有数の規模を誇る八幡宮。680年に靱負郷岩松ヶ峰(現在の天瀬町鞍形尾)に八幡神が示現したのを祀ったのが起源と伝えられる。9世紀半ばには日田郡司の大蔵永弘によって杉原宮から現在「元宮」と呼ばれる地へ遷され、1624年に代官石川主殿守忠総によって現在地へ遷座した。遷座前の地は元大原神社・元宮神社と呼ば

所在地
大分県日田市田島2丁目184
御祭神
誉田別命、大帯姫命
系統
八幡
大分県勝負運厄除け

薦神社

こもじんじゃ

別名を大貞八幡宮といい、承和年間(834〜848年)の創建と伝わる古社。境内の三角池(御澄池)を御神体として内宮とし、社殿を外宮と称する点に特色がある。養老4年(720年)の隼人の反乱では、この池に自生する真薦で編んだ枕状の御験を神輿に奉じて征討軍が向かったと伝えられ、八幡総本宮である宇佐神宮と深い関わりを持つ。御祭神は応神天皇・比売大神・息長帯比売命。現在の神門は元和8年(1622年)に中津藩主

所在地
大分県中津市大字大貞209
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
大分県開運

弥栄神社

やさかじんじゃ

大分市の上野丘に鎮座する旧県社。社伝では宝亀2年(771年)、豊後国府にほど近い岩屋寺の境内に祀られたのが起こりとされる。鎌倉時代には豊後を治めた大友氏の初代・能直が国中の疫病退散を願って京都の祇園社を勧請したと伝わり、以後は大友氏の厚い崇敬を受けた。天正14年(1586年)の島津軍による府内侵攻で社殿を焼失したが、元和4年(1618年)に府内藩主・竹中重義が現在地へ移して再建している。江戸期を通

所在地
大分県大分市上野丘738
御祭神
素盞嗚尊、大己貴命
系統
出雲