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九州の神社一覧

九州の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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7件の都道府県ページがあります。

九州の神社一覧

125件中1-20件を表示しています。

長崎県開運

海神神社

わたつみじんじゃ

対馬島の西岸、峰町木坂の山中に鎮座する対馬国一宮で、旧国幣中社。社伝では神功皇后が三韓征伐からの帰途に旗八流を納めた地と伝え、古くは木坂八幡宮、八幡本宮、上津八幡宮などと称された。明治3年(1870年)に『延喜式神名帳』に見える和多都美神社の名へ改称し、明治4年に国幣中社へ列格する際、祭神を八幡神から豊玉姫命に改めるとともに社名を海神神社と改めた。主祭神の豊玉姫命は海を司る神の娘とされ、彦火火出見命や宗像神などを配祀する。社殿へは長く急な石段の参道が続き、社宝の銅造如来立像は統一新羅時代の作で国の重要文化財に指定されている。

所在地
長崎県対馬市峰町木坂247
御祭神
豊玉姫命、彦火火出見命
福岡県開運

味水御井神社

うましみずみいじんじゃ

久留米市の東、高良山の西麓に鎮座する筑後国の総社で、高良大社の境外末社にあたる。社名の「うましみず」が示すとおり境内には今も清らかな水が湧き、古くから「朝妻の清水」と呼ばれて信仰を集めてきた。天慶7年(944年)の筑後国神名帳に社名が見えることから、遅くとも平安時代中期には成立していたと考えられ、かつては朝妻社とも称された。祀られるのは水を司る水波能売命である。社の周辺には7世紀後半から12世紀後半にかけて営まれた筑後国府跡が広がり、発掘調査では国府から当社へ向かう道路の跡や、湧水を用いた曲水の宴の痕跡が確認されている。国庁の政治と祭祀に深く結びついた場であったことを物語る古社である。

所在地
福岡県久留米市御井朝妻1丁目5-1
御祭神
水波能売命
熊本県交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

延久3年(1071)、肥後国司の菊池則隆が摂津の住吉宮から分霊を勧請し、海上安全の守護神として創建したと伝わる。以後は菊池氏の手厚い保護を受けたが、戦国期の争乱で社殿を失った。寛文13年(1673)に熊本藩主の細川綱利が現在地へ再建し、以降は藤崎八旛宮・北岡神社とともに細川家歴代が崇敬する肥後三大社の一つに数えられた。藩主の参勤交代の航路や、有明海に生きる地域の海上安全が祈願され、雨乞い祈祷の記録も残る。第4代藩主・細川宣紀が奉納した高灯籠は日本最古の灯台ともいわれ、島原湾を行き交う船の目印として長く役立った。社地は有明海に面した住吉自然公園の中にあり、照葉樹の自然林が神社の杜として守られてきた。

所在地
熊本県宇土市住吉町2067
御祭神
底筒之男命、中筒之男命
系統
住吉
長崎県交通安全

住吉神社

すみよしじんじゃ

社伝では、三韓征伐を終えた神功皇后が帰途に壱岐へ立ち寄り、住吉大神の加護に感謝して現在の郷ノ浦町大浦触に三神を祀ったのが起こりとされ、のちに神託によって現在地へ遷ったと伝える。『延喜式神名帳』では名神大社に列し、明治4年(1871)5月に国幣中社となって壱岐で唯一の官社となった。現在は神社本庁の別表神社である。大阪の住吉大社、下関・博多の住吉神社と並べて日本四大住吉と称されることもある。明治4年には境内の神池から大陸系12面・和鏡系5面あわせて17面の鏡が見つかり、壱岐市の文化財に指定されている。境内のクスノキも市の天然記念物で、夫婦クスノキを巡ると良縁に恵まれるという言い伝えが残る。毎年12月には国の重要無形民俗文化財である壱岐神楽の締めくくりとして大大神楽が奉納される。

所在地
長崎県壱岐市芦辺町住吉東触470-1
御祭神
底筒男命、中筒男命
系統
住吉
長崎県開運

聖母宮

しょうもぐう

壱岐島北端の勝本浦に鎮座し、壱岐国二宮として崇敬されてきた古社です。社伝では仲哀天皇9年(西暦200年ごろ)、神功皇后が海を渡る際に壱岐で風待ちをし、この地に行宮を営んだことを起源とすると伝えます。凱旋の折に「風本」と呼ばれていた地名を「勝本」に改めたとされ、社名も神功皇后(聖母)に由来します。社殿が正式に建てられたのは養老元年(717年)と伝えられ、延喜式神名帳にみえる壱岐郡の名神大社「中津神社」の有力な論社の一つに数えられます。文禄・慶長の役では大陸への出兵路にあたり、加藤清正や鍋島直茂ら諸将が門などを寄進したと伝わります。本殿と西門・南門は長崎県指定有形文化財で、唐津焼で最古の在銘資料とされる天正20年(1592年)銘の黒釉四耳壺も社宝として伝えられています。

所在地
長崎県壱岐市勝本町勝本浦554-2
御祭神
息長足姫尊、足仲彦尊
熊本県開運

新開大神宮

しんかいだいじんぐう

文安元年(1444年)、伊勢神宮を篤く信仰していた太田黒孫七郎が天照大神の託宣を受け、翌文安2年(1445年)に伊勢の神を当地へ勧請して創建したと伝わる。孫七郎は菊池氏六代隆直の末裔とされ、伊勢へ足しげく参宮したことから「飛行孫七郎」と呼ばれた逸話が残る。天正年間(1573〜1592年)に佐々成政によって社殿が焼かれたが、のちに加藤清正が再興して崇敬を寄せ、細川家の代になると手厚い保護を受けた。幕末には思想家の林桜園がこの宮を深く崇敬し、宮部鼎蔵ら門下生も信仰を注いだ。敬神党(神風連)の首領・太田黒伴雄が祠官太田黒伊勢守に入婿して神主を務め、神風連の変の挙兵にあたって神意を問う宇気比が行われた社でもある。境内には伴雄が身を清めたと伝わる「みそぎの井戸」が残る。旧社格は郷社で、地元では「伊勢宮さん」と親しまれている。

所在地
熊本県熊本市南区内田町1266
御祭神
天照大神、豊受大神
福岡県開運

細石神社

さざれいしじんじゃ

創建年代は不詳で、古くは「佐々禮石神社」と表記された旧村社。鎮座する三雲の地は魏志倭人伝にみえる伊都国の中心部と推定されており、神社の西側には伊都国の王と后の墓とみられる国史跡・三雲南小路遺跡がある。元禄8年(1695年)の「細石神社御縁起」によれば、かつては神田も多い大社であったが、たびたびの兵乱で社殿を焼失し、さらに天正15年(1587年)の豊臣秀吉による太閤検地で神田を没収されて衰退したという。祭神は姉妹神とされる磐長姫命と木之花開耶姫命の二柱で、磐長姫命は妹とともに瓊瓊杵尊に嫁いだものの退けられたと記紀に語られる神である。鳥居の脇には「村社 細石神社」の石柱が立つ。

所在地
福岡県糸島市三雲432
御祭神
磐長姫命、木之花開耶姫命
熊本県開運

菊池神社

きくちじんじゃ

南北朝時代に南朝方として戦った菊池氏を祀るため、明治3年(1870年)4月28日に菊池城址の丘で鎮座祭が行われました。発端は慶応4年(1868年)、熊本藩から明治新政府の参与に出仕した細川家一門の長岡護美が、菊池氏と加藤清正を祀る神社の創建を建議したことにあり、同年7月18日に太政官がこれを採択して熊本藩に祭祀を命じています。鎮座時は第12代菊池武時を主祭神とし、第13代武重と第15代武光を配祀神としていましたが、大正12年(1923年)に武重と武光も主祭神となり、三柱を主祭神とする現在の形になりました。あわせて菊池一族26柱を配祀しています。社格は明治6年(1873年)に郷社、明治8年(1875年)に県社、明治11年(1878年)に別格官幣社へと昇格し、現在は別表神社です。境内には菊池千本槍など菊池氏500年の歴史の遺物を展示する菊池歴史館が置かれています。

所在地
熊本県菊池市隈府1257
御祭神
菊池武時、菊池武重
熊本県開運

宝来宝来神社

ほぎほぎじんじゃ

平成16年(2004年)春、南阿蘇村河陰の土地造成中に重機が大きな岩に当たり、取り壊そうとすると重機が繰り返し故障したという出来事に始まると伝えられる。工事に携わっていた人物が夢のお告げに従って宝くじを買ったところ当選したことから岩を掘り出して祀り、その話が広まって岩は「当銭岩」と呼ばれるようになった。当選者らの寄進によって宝来宝来神社として建立された。社名は「陽幸和福招金萬宝来(ようこうわふくしょうきんまんほうらい)」の御神言に由来する。境内には御神体の当銭岩のほか、ぽっくり天狗、夫婦白蛇、大龍神、縁結び宝来観音など多くの祠や神像が寄進によって整えられ、金運祈願の社として県内外から参拝者を集めている。

所在地
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陰2909-2
御祭神
当銭岩
福岡県勝負運交通安全

諏訪宮

すわぐう

福岡県に鎮座する諏訪系の神社です。勝負運・交通安全・スポーツのご利益で知られます。

所在地
福岡県糸島市二丈田中453-2
系統
諏訪
熊本県勝負運厄除け

塩屋八幡宮

しおやはちまんぐう

八代城下の西方に鎮座する八幡宮。寛永9年(1632年)、八代城に隠居した細川忠興(三斎)が、かねて崇敬していた豊前の宇佐神宮から分霊を勧請して創建したと伝わる。明暦元年(1655年)、八代城主松井興長が現在地へ社殿を移し、八代城下西域を守る鎮守と定めた。以来、塩屋町の氏神として町人の信仰を集めてきた。九州三大祭のひとつに数えられる八代神社(妙見宮)の妙見祭では、当宮が神幸行列の御旅所となる。11月22日に神輿が妙見宮から「お下り」して当宮に泊まり、翌23日の早朝、当宮を起点に「お上り」の行列が妙見宮へ向けて出発する。祭りの二日間、八代の町の中心となる社である。

所在地
熊本県八代市八幡町1-11
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡
福岡県勝負運厄除け

八幡古表神社

はちまんこひょうじんじゃ

山国川の河口西岸、吹出浜に鎮座する旧県社で、豊前国宇佐八幡宮の末社にあたる。社伝では欽明天皇6年(545年)、神功皇后の託宣を受けて息長大神宮と称して八幡宮が鎮まり、脇殿に住吉宮が祀られたことに始まるという。細男舞・神相撲の神々を祀る古表社の起源は天平16年(744年)と伝える。川を挟んで東に位置する大分県中津市伊藤田の古要神社とは姉妹社の関係にあり、両社はともに宇佐八幡宮の末社として傀儡子(くぐつ)と呼ばれる木製人形の神事を伝えてきた。人形が舞い、相撲を取る「細男舞・神相撲」は国の重要無形民俗文化財に指定されており、4年に一度の放生会で奉納される。豊前地方の海と川に開けた地に、千年以上にわたって信仰が受け継がれてきた社である。

所在地
福岡県築上郡吉富町大字小犬丸353-1
御祭神
息長帯比売命(神功皇后)、虚空津比売命
系統
八幡
熊本県開運

八代神社

やつしろじんじゃ

熊本県八代市妙見町に鎮座し、「妙見宮」の名で親しまれる。社伝によれば妙見神は680年(白鳳9年)の秋、中国の明州から亀蛇(きだ)の背に乗って海を渡り、八代郡竹原津に上陸したと伝えられる。その後、益城郡の千代松峯を経て758年に八代郡横嶽の嶺へ移って上宮が開かれ、795年に桓武天皇の勅願で上宮の社殿が、1160年に二条天皇の勅願で中宮が、1186年に後鳥羽天皇の勅願で下宮が創建されたという。信仰は北極星と北斗七星を仰ぐ星辰信仰に発し、のちに天之御中主神・国常立尊と習合した。1622年には加藤氏により殿宇が造営され、明治初年の神仏分離で白木山神宮寺の十五坊が廃されて八代神社となった。

所在地
熊本県八代市妙見町405
御祭神
天之御中主神、国常立尊
宮崎県安産子宝

都萬神社

つまじんじゃ

宮崎県西都市妻に鎮座する延喜式内社で、日向国二之宮とされる。御祭神は木花開耶姫命。縁結び・安産・子育ての神として信仰され、「さいまんさま」とも呼ばれる。創建年代は明らかでないが、『続日本後紀』仁明天皇承和4年(837年)8月条に「日向国子湯郡妻神社」がみえるのが史書における初出で、『日本三代実録』天安2年(858年)にも神階昇格の記事がある。『延喜式神名帳』では日向国四座のうち児湯郡二座として都農神社とともに記載され、社伝はさらに古く奈良時代には鎮座していたと伝える。建久年間(1190〜1199年)に日向を領した伊東氏が供田を献じ、慶長8年(1603年)に佐土原へ封じられた島津氏も4代藩主忠高が妻村内315石を社領として安堵するなど、領主の崇敬を受けた。明治6年に県社に列格。境内には樹齢約1,200年と伝わる国指定天然記念物の大クス「妻のクス」があり、木花開耶姫命が三皇子を甘酒で育てたとの伝承から日本清酒発祥の地の碑も建つ。

所在地
宮崎県西都市大字妻1
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間
大分県商売繁盛金運

扇森稲荷神社

おうぎもりいなりじんじゃ

大分県竹田市拝田原に鎮座し、通称「こうとうさま」と呼ばれる稲荷社。保食大神を主神に、猿田彦神・大宮女命を祀る。稲荷神社としての創祀は元和2年(1616)と伝え、400年を超える歴史を持つ。それ以前からこの地に「こうとうさま」の信仰があったとされ、近隣には1500年ほど前の横穴墓群が残る。江戸時代、岡藩12代藩主・中川久昭が江戸屋敷で「稲荷狐頭源大夫」と名乗る神霊の告げを受けて危難を免れたと伝えられ、その縁で中川氏から「扇の森」の社号を賜り、扇森稲荷神社と称するようになった。佐賀県の祐徳稲荷神社、熊本県の高橋稲荷神社とともに九州三大稲荷の一つに数えられる。国道57号沿いに立つ高さ17mの大鳥居は大分県内で最も高く、地域のランドマークとなっている。

所在地
大分県竹田市大字拝田原字桜瀬811
御祭神
保食大神他2柱
系統
稲荷
大分県勝負運厄除け

大原八幡宮

おおはらはちまんぐう

大分県日田市田島に鎮座し、大帯比売命(神功皇后)・誉田別尊(応神天皇)・比売大神の三柱を祀る、大分県下有数の規模を誇る八幡宮。680年に靱負郷岩松ヶ峰(現在の天瀬町鞍形尾)に八幡神が示現したのを祀ったのが起源と伝えられる。9世紀半ばには日田郡司の大蔵永弘によって杉原宮から現在「元宮」と呼ばれる地へ遷され、1624年に代官石川主殿守忠総によって現在地へ遷座した。遷座前の地は元大原神社・元宮神社と呼ばれ、江戸時代中期に再建された社殿が今も残る。境内で最も古い建築である楼門は貞享4年(1687)、拝殿・幣殿・本殿は寛政6年(1794)の築造と伝わる。3月15日の米占い行事は国の記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財に選択され、4月15日の御田植祭は大分県指定の無形民俗文化財である。

所在地
大分県日田市田島2丁目184
御祭神
誉田別命、大帯姫命
系統
八幡
熊本県開運

健軍神社

けんぐんじんじゃ

熊本市東区健軍本町に鎮座し、熊本市内で最も古い神社とされる。古くは「たけみや」と呼ばれ、のちに「けんぐん」と読まれるようになった。阿蘇神社を中心とする阿蘇四社の一つに数えられ、健軍大神・健磐龍命を祀る。市電通りに立つ大鳥居から社殿まではおよそ1200mにわたって「八丁馬場」と呼ばれる長い参道が続き、その並木には加藤清正の頃に植えられたと伝えられる杉並木の一部が今も残る。明治10年(1877年)2月22日には、西南戦争で薩軍を救援するために結成された熊本隊がこの地で挙兵しており、近代史の舞台ともなった。

所在地
熊本県熊本市東区健軍本町13-1
御祭神
健軍大神、健磐龍命
福岡県開運

雷神社

いかずちじんじゃ

標高955メートルの雷山の中腹に鎮座し、雷神宮とも呼ばれる。水火雷電神を主祭神とし、香椎・住吉・八幡の神々をあわせ祀る。雷山は古くから雷神の鎮まる霊山と仰がれ、かつては女性の参拝が許されなかったと伝わる。雨を司る神として広く崇敬を集め、室町幕府の時代には雨乞い祈祷の重要な祈願所とされた。足利尊氏の庶子・足利直冬が雨乞い祈願の成就を記念して奉納した歌も現存している。近代社格では県社に列し、糸島市南部の雷山一帯の氏神として信仰を集めてきた。例祭は9月16日に営まれる。

所在地
福岡県糸島市雷山148
御祭神
水火雷電神
鹿児島県開運

枚聞神社

ひらききじんじゃ

薩摩国一宮。社伝では創祀は遠く神代に遡るとされ、『日本三代実録』には貞観2年(860年)に薩摩国従五位下開聞神として記載がある。主祭神は大日孁貴命で、あわせて計9柱を祀る。開聞岳の北麓に鎮座し、古くから交通・航海の安全と漁業の守護神として崇敬を集めた。中世以降は島津氏歴代藩主の信仰を受けて社殿の修理・再建がたびたび行われ、琉球王からも航海安全の神徳に対して奉謝が寄せられたと伝える。明治4年に国幣小社に列格した。地元では「オカイモンサン」の愛称で親しまれている。社宝の松梅蒔絵櫛笥は国の重要文化財で、1月頃と5月頃の年2回、1か月程度公開される。本殿は鹿児島県の重要文化財に指定されている。

所在地
鹿児島県指宿市開聞十町1366
御祭神
大日孁貴命
佐賀県勝負運厄除け

千栗八幡宮

ちりくはちまんぐう

公式サイトによれば、神亀元年(724年)に肥前国養父郡司・壬生春成が神託を受けて創建したと伝わり、令和6年に御創建千三百年を迎えた。祭神は應神天皇・仲哀天皇・神功皇后のほか、難波皇子・宇治皇子・住吉明神・武内宿禰を合わせ祀る。古くから宇佐神宮の別宮として知られ、平安時代には五所別宮の一社として朝廷の崇敬を受け、肥前国一の宮とされてきた。筑後川を望む段丘上に鎮座し、社前の石段が参道をなす。境内社には手足の神として信仰される武雄神社と、郡司が狩猟中に八幡神の使いである鳩が弓の上にとまったという創建伝承にちなむ鳩森稲荷神社がある。3月15日の「お粥試し」は日本有数の粥占神事として知られる。

所在地
佐賀県三養基郡みやき町大字白壁字千栗
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡

九州に関連するご利益一覧

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