Shrine

飯香岡八幡宮いいがおかはちまんぐう

千葉県に鎮座する八幡系の神社です。社格は総社。御祭神は誉田別尊、息長帯姫尊、玉依姫尊ほか7柱。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

社伝では白鳳4年(675年)の創祀と伝え、当初は六所御影神社と称したという。天平宝字3年(759年)には諸国の放生の地に鎮座する国府八幡宮と定められ、やがて上総国の総社として尊崇された。石清水八幡宮の別宮・市原八幡宮と記す史料も残る。源氏をはじめ千葉氏・足利氏・徳川氏など武家の崇敬を受け、歴代将軍から神輿や社殿の寄進を重ねている。祭神は誉田別尊ほか。本殿は室町時代の建立とされ国の重要文化財、拝殿は千葉県指定文化財で、県内の神社建築で本殿が国の重要文化財に指定されているのは香取神宮と当宮の二社のみである。境内には推定樹齢800年を超える県指定天然記念物の大イチョウ(夫婦銀杏)がある。秋の大祭で子育てや虫封じの祈願を受ける習わしから「子育て八幡」とも呼ばれる。

飯香岡八幡宮は何の神様?

飯香岡八幡宮の御祭神は誉田別尊息長帯姫尊玉依姫尊ほか7柱です。

誉田別尊

第15代天皇。八幡神として信仰される武運の神。全国の八幡宮の祭神として最も広く祀られる。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、宇佐神宮、函館八幡宮などが挙げられます。 八幡信仰の総本宮としては大分の宇佐神宮が名高く、石清水八幡宮や鶴岡八幡宮も代表社として知られます。

例大祭

旧暦8月15日

年間行事

秋の大祭では千葉県指定無形民俗文化財の柳楯神事が行われる。柳楯は上総国司の権威の象徴とされ、国司が放生会のため海へ向かった行列の名残として市原・五所・八幡を練り歩き、続いて神輿渡御が行われる。

よくある質問

飯香岡八幡宮の参拝前に確認したい情報をまとめます。

飯香岡八幡宮の例大祭はいつですか?

旧暦8月15日

飯香岡八幡宮にはどのような年間行事がありますか?

秋の大祭では千葉県指定無形民俗文化財の柳楯神事が行われる。柳楯は上総国司の権威の象徴とされ、国司が放生会のため海へ向かった行列の名残として市原・五所・八幡を練り歩き、続いて神輿渡御が行われる。

飯香岡八幡宮へ問い合わせる方法はありますか?

電話番号は 0436-41-2072 です。受付時間や御祈祷の可否は事前に確認してください。

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近隣神社

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茨城県勝負運厄除け

水戸八幡宮

みとはちまんぐう

文禄元年(1592)、常陸太田から水戸へ居城を移した佐竹義宣が、氏神として崇敬していた常陸太田の馬場八幡宮から八幡大神を水戸城内に勧請したことに始まる。慶長3年(1598)に本殿が建立され、水府(水戸)総鎮守と定められた。元禄7年(1694)にいったん那珂西村(現・城里町那珂西)へ遷されたが、宝永6年(1709)、水戸藩三代藩主・徳川綱條の代に現在の白幡山の社地へ改めて鎮座した。本殿は国の重要文化

所在地
茨城県水戸市八幡町8-54
御祭神
誉田別尊、息長足日売尊
系統
八幡
茨城県勝負運厄除け

馬場八幡宮

ばばはちまんぐう

社伝では天喜4年(1056年)、前九年の役に向かう源頼義が当地にあった熊野神社の境内に陣を張り、社前に据えた2枚の平石に石清水八幡宮の神霊を勧請して戦勝を祈願したのが始まりとされる。以後この地で勢力を伸ばした佐竹氏が守護神として崇敬し、初代昌義が社殿を造営して太田郷の総社とした。佐竹氏は代々当社の神前で元服の儀を行うのを家例とし、天正2年(1574年)の落雷で社殿を焼失した後、同8年に19代義重が

所在地
茨城県常陸太田市馬場町574
御祭神
誉田別尊、息長足比咩命
系統
八幡
埼玉県勝負運厄除け

行田八幡神社

ぎょうだはちまんじんじゃ

創建年代は不詳だが、社伝では源頼義・義家が奥州討伐の途上、戦勝を祈願して勧請したと伝わる。当初は佐間村田中に鎮座し「田中八幡」と呼ばれた。天文年間に現在地へ遷座し、忍城主・成田長泰の崇敬を受けて社殿が修補され、城下の総鎮守として「城主八幡」「西向き八幡」とも称された。弘化3年(1846)の大火で全焼したが同年本殿を再建し、平成元年(1989)に新社殿が竣功した。主祭神は誉田別尊(応神天皇)で、気長

所在地
埼玉県行田市行田16-23
御祭神
誉田別尊、気長足姫尊
系統
八幡
千葉県勝負運厄除け

鶴谷八幡宮

つるがやはちまんぐう

平安時代初期、安房国の総社として現在の南房総市府中に創建されたと伝わる。鎌倉時代、総社信仰の衰えと源氏による八幡信仰の高まりを受けて八幡宮に改められ、現在地へ遷座した。中世には里見氏、江戸時代には徳川幕府の崇敬を受け、社殿の造営や社領の寄進を得た。本殿は享保5年(1721)に造営されたが、大正12年(1923)の関東大震災で拝殿とともに倒壊し、昭和7年(1932)に再建された。拝殿の向拝天井には、

所在地
千葉県館山市八幡68
御祭神
品陀和気命、帯中津彦命
系統
八幡