Shrine

風間神社かざまじんじゃ

長野県に鎮座する神社です。御祭神は級長津彦命、級長戸辺命、伊勢津彦命。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀年代は不詳で、当地の開拓にあたって風の神を祀ったのが起こりと伝えられる古社です。『延喜式』神名帳の信濃国水内郡「風間神社」に比定される式内社で、『日本書紀』推古天皇の条にみえる水内神、『日本三代実録』貞観2年(860年)に叙位の記事がある飄別神を当社とする説があります。天元2年(979年)には諏訪神家の庶流・矢島忠直が神領の庄司として下向して風間氏を称し、各地に広がる風間氏の祖となりました。中世には諏訪信仰の影響を受けて諏訪大明神と称し、元禄10年(1697年)に風間大明神へ、文政5年(1822年)に現在の風間神社へと社号を改めています。同じ文政5年に始まった太々神楽獅子舞は、平成10年(1998年)に長野市の選択無形民俗文化財となりました。

風間神社は何の神様?

風間神社の御祭神は級長津彦命、級長戸辺命、伊勢津彦命、建御名方命です。

建御名方命

諏訪大社の主祭神。武運・狩猟・農業の神。全国の諏訪神社に祀られる。 代表的な神社としては諏訪大社 上社本宮、諏訪大社 下社秋宮、諏訪大社(上社本宮)などが挙げられます。 信仰の中心は長野の諏訪大社で、上社本宮・下社秋宮をはじめ全国の諏訪神社に広がりました。

例大祭

秋季例大祭は10月1日・2日に行われます。

年間行事

元旦祭(元始祭)、勅使祭、春祭(祈年祭・五社祭)、夏祭(祇園祭)、風鎮祭、秋祭(新嘗祭・伊勢宮祭)、越年祭(大祓)などが年間を通じて営まれます。

風間神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

長野県開運

武井神社

たけいじんじゃ

創立年代は明らかでないが、持統天皇5年頃の創建とする口伝が残る。社名の由来には、諏訪大社の社領であった武井と同じ祭神を祀ることによるとする説と、神官の武居祝一族が奉斎したことによるとする説がある。古くは武井明神・諏訪明神と呼ばれ、現在の社名となったのは文化4年(1807年)。善光寺表参道の東側19か町を氏子とし、妻科神社・湯福神社とともに善光寺三鎮守(善光寺三社)に数えられ、善光寺七社の一社でもあ

所在地
長野県長野市大字長野東町186-2
御祭神
建御名方命、八坂刀売命
石川県勝負運交通安全

菟橋神社

うはしじんじゃ

菟橋神社は、社伝によれば697年(文武天皇の時代)の創建と伝わる古社で、927年編纂の『延喜式神名帳』にも「加賀国能美郡...小菟橋神社」として記載されている。当初は能美郡得橋郷小野村に鎮座していたが、中世末に上小松村へ遷り、江戸時代初期に加賀藩主・前田利常が小松城に入った際、城内の兎橋御門内に奉遷された。慶安4年(1651年)には現在地の浜田に新たな社殿が造営されたと伝わる。莵橋大神とともに諏訪

所在地
石川県小松市浜田町イ233
御祭神
莵橋大神、建御名方命
系統
諏訪
長野県開運

弥栄神社

やさかじんじゃ

善光寺門前の上西之門町に鎮座する、善光寺七社の一社。社伝では建久7年(1196年)、信濃を訪れた源頼朝が疫病除けのため京都の八坂神社を勧請して創建したと伝えられる。安永3年(1774年)には善光寺大勧進の住職から社地の寄進を受けている。祭神は須佐之男命で、悪疫除け・災厄除け・健康長寿の神として信仰を集めてきた。当社の御祭礼は「ながの祇園祭」と呼ばれ、かつては京都・広島と並ぶ日本三大祇園祭に数えられ

所在地
長野県長野市上西之門町612-イ
御祭神
須佐之男命
長野県開運

眞田神社

さなだじんじゃ

上田城本丸跡に鎮座し、真田氏・仙石氏・松平氏という歴代の上田城主を御祭神とする。もとは藤井松平氏の先祖を祀る松平(しょうへい)神社で、上田城主となった系統の藤井松平氏の初代・松平忠晴(忠山)の霊を京都に祀った忠山社が起源とされる。明治維新後、廃藩置県で上田城が民間へ払い下げられ、城跡が桑園や麦畑へ姿を変えていくなか、旧上田藩士や旧領内の有志が旧藩主への報恩と城跡保存を願って神社創建を発起した。本丸

所在地
長野県上田市二の丸1-12
御祭神
真田氏、仙石氏