由緒
社伝では天文4年(1535年)ごろ、嶺村の鎮守として創祀されたと伝えられます。当初は小さな祠でしたが、江戸時代後期の天保年間(1830〜44年)に木曽御嶽山で修行した一山行者がこの地を訪れ、当社が木曽御嶽大神の示現の社であることを説いて信仰を広めました。一山行者は木曽御嶽講の四代目行者に数えられ、その教化によって江戸から関東一円に崇敬者が急増し、天保2年(1831年)に現在の社殿が建立されています。「嶺の御嶽神社に三度参れば木曽御嶽山に一度参ったのと同じ」と言われるほど賑わったと伝わります。御祭神は国常立命ほかで、社殿は彫工・藤原篤意による九面の彫刻が背面と側面を飾り、浦島太郎や養老の滝など、仁義礼智信忠孝悌になぞらえた説話が刻まれています。