由緒
主祭神は南北朝時代の武将・楠木正行で、正平3年(1348)の四條畷の戦いで正行とともに殉じた一族・将士24柱を配祀する。正行は楠木正成の嫡男で、「小楠公」とも呼ばれる。伝えによれば、正行は吉野で後村上天皇に拝謁したのち、如意輪堂に一族の名と辞世の歌を記して出陣し、高師直の軍と戦って弟の正時と刺し違え、23歳で没した。明治に入り、住吉平田神社の神主・三牧文吾らがこの地に神社の創建を願い出て、明治22年(1889)に勅許と社号が下された。地元の人々は境内地や金品を寄進し、土運びや石積みにも奉仕して、明治23年4月5日に鎮座祭が行われた。飯盛山の麓に鎮座し、山頂には出陣する姿の正行の銅像が立つ。