由緒
霊峰大山の中腹に鎮座する大神山神社奥宮の境内社。鳥取県神社庁の伝えるところでは、元徳2年(1330年)、備中国浅口郡の郡司であった渡辺源五郎照政が智明権現社(現在の奥宮)へ参詣した帰路に討たれ、下山の地に葬られたことに始まるという。その後の神託により智明権現社から六尺下がった所に社が営まれ、以来霊験あらたかな社として信仰を集めた。現在の社殿は文化2年(1805年)の建立で、正面三間の入母屋造・檜皮葺。再建にあたっては石見国津和野藩の亀井家が寄進したと伝わり、蟇股などに亀井家の四つ目結紋があしらわれている。大神山神社奥宮の社殿とあわせて国の重要文化財に指定されている。