由緒
荒川区南千住に鎮座し、南千住・三河島・町屋(荒川区)と台東区三ノ輪にまたがる61ヶ町を氏子区域とする、区内で最も広い鎮守。社伝によれば平安時代の延暦14年(795年)、修験道の祖・役小角の高弟である黒珍が、住居の東にあった小塚の奇岩を霊場として崇め祈っていたところ、素盞雄大神・飛鳥大神の二柱が降臨して神託を授けたため一祠を建てたのが始まりとされる。この奇岩は現在も境内に「瑞光石」として祀られ、周辺の旧地名「小塚原」や近隣小学校の名に冠された「瑞光」の由来になっている。享保3年(1718年)の類焼で両社が焼失した後、享保12年(1727年)に二柱を相殿とする瑞光殿が新たに建てられた。素盞雄大神の別名が牛頭天王であることから「お天王さま」と呼ばれ、松尾芭蕉『奥の細道』矢立初めの句碑が建つ境内は「飛鳥の杜」と称されて江戸の文人墨客のサロンともなった。平成7年に御鎮座1200年祭が斎行されている。