由緒
瀬戸内海を見下ろす牛窓の丘に鎮座し、牛窓八幡宮とも呼ばれる。もとは牛窓の土地の神霊と祖先の神霊を祀って牛窓明神と称したが、平安時代の長和年間(1012〜16)に教円大徳が豊前の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿禰命の神霊を迎えて牛窓八幡宮となったと伝わる。明治6年(1873)に郷社に列せられ、現社名に改められた。東備の鎮守として崇敬され、10月第4日曜の秋季例祭では神輿が町内のお旅所を巡り、船型のだんじりが練り歩く。末社の疫神社では唐子踊、御霊社では太刀踊が奉納される。牛窓海水浴場の横から長い石段の表参道が続く。