Shrine

牛窓神社うしまどじんじゃ

岡山県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は応神天皇、神功皇后、比売神。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

瀬戸内海を見下ろす牛窓の丘に鎮座し、牛窓八幡宮とも呼ばれる。もとは牛窓の土地の神霊と祖先の神霊を祀って牛窓明神と称したが、平安時代の長和年間(1012〜16)に教円大徳が豊前の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿禰命の神霊を迎えて牛窓八幡宮となったと伝わる。明治6年(1873)に郷社に列せられ、現社名に改められた。東備の鎮守として崇敬され、10月第4日曜の秋季例祭では神輿が町内のお旅所を巡り、船型のだんじりが練り歩く。末社の疫神社では唐子踊、御霊社では太刀踊が奉納される。牛窓海水浴場の横から長い石段の表参道が続く。

基本情報

この神社について

御祭神
応神天皇神功皇后比売神武内宿禰他数柱
ご利益
勝負運厄除けスポーツ
系統・信仰
八幡

アクセス・参拝情報

所在地
岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓2147
アクセス
JR赤穂線邑久駅から牛窓・邑久駅線バスで約30分、「幡」下車徒歩約3分。牛窓海水浴場横から続く表参道の石段を上った丘の上に鎮座する。
駐車場
駐車場あり(約20台)。

公式情報・問い合わせ

電話番号
0869-34-5197

牛窓神社は何の神様?

牛窓神社の御祭神は応神天皇、神功皇后、比売神、武内宿禰、他数柱です。

応神天皇

応神天皇は、八幡神として全国の八幡宮に祀られる御祭神です。武家の守護神、国家鎮護の神として信仰され、勝負運や厄除け、地域守護の祈願先として知られます。

八幡信仰では、比売神や神功皇后と合わせて祀られることも多く、地域の総鎮守としての役割も担ってきました。

神功皇后

応神天皇の母。三韓征伐の伝説で知られる。武運・安産・子育てのご利益がある。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、住吉大社、宇佐神宮などが挙げられます。 八幡信仰では宇佐神宮や石清水八幡宮、鶴岡八幡宮などが代表的で、応神天皇とともに祀られることが多い御祭神です。

例大祭

10月第4日曜日

年間行事

5月第2日曜に春季例祭、7月30日に夏越し大祓祭が行われる。10月第4日曜の秋季例祭では神輿やだんじりが繰り出し、末社の疫神社で唐子踊、御霊社で太刀踊が奉納される。

よくある質問

牛窓神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

牛窓神社の例大祭はいつですか?

10月第4日曜日

牛窓神社にはどのような年間行事がありますか?

5月第2日曜に春季例祭、7月30日に夏越し大祓祭が行われる。10月第4日曜の秋季例祭では神輿やだんじりが繰り出し、末社の疫神社で唐子踊、御霊社で太刀踊が奉納される。

牛窓神社へ問い合わせる方法はありますか?

電話番号は 0869-34-5197 です。受付時間や御祈祷の可否は事前に確認してください。

牛窓神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

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広島県勝負運厄除け

亀山八幡神社(呉市安浦町)

かめやまはちまんじんじゃ

亀山八幡神社(呉市安浦町)は、広島県呉市安浦町内海北に鎮座する八幡神社。市有形文化財の本殿は江戸初期の特徴を残す、瀬戸内沿岸・島嶼部を代表する建造物です。

所在地
広島県呉市安浦町内海北5丁目
御祭神
応神天皇
系統
八幡
島根県勝負運厄除け

平濱八幡宮

ひらはまはちまんぐう

創建年代は不詳。天永2年(1111年)に太政官の命を受けて陰陽寮が当社の遷宮の日時を占ったことが石清水文書に見えることから、それ以前の鎮座は確実で、出雲国最古の八幡宮とされる。一帯は京都・石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれて石清水の社家の支流が奉仕した。のちに出雲国八所八幡宮の総社と位置づけられ、戦国期には亀井氏・尼子氏・毛利氏によって社殿が造営され、江戸時代には松江藩主の直轄下

所在地
島根県松江市八幡町303
御祭神
應神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
山口県勝負運厄除け

鰐鳴八幡宮

わになきはちまんぐう

山口市上小鯖に鎮座する八幡宮で、小鯖八幡宮とも呼ばれます。社伝では平安時代中期の寛弘・長和の頃(1004年〜1016年)に豊前の宇佐八幡宮から神霊を勧請したと伝えられ、その帰路、山口湾から椹野川をさかのぼって鰐石に上陸した際、供をしてきた鰐が神との別れを惜しんで鳴いたという言い伝えが社名の由来とされています。主祭神は八幡大神・足仲彦神・神功皇后で、仁徳天皇や天御中主神、大歳神などを配祀します。中世

所在地
山口県山口市上小鯖583
御祭神
八幡大神、足仲彦神
系統
八幡
広島県勝負運厄除け

御調八幡宮

みつきはちまんぐう

神護景雲3年(769年)、宇佐八幡宮の神託事件で道鏡の野望を退けた和気清麻呂の姉、和気広虫(法均尼)が備後国へ流された際、この地に留まって宇佐八幡大神を勧請し、弟の赦免を祈願したことに始まると伝わる。宝亀8年(777年)を創建の年とし、以後、八幡庄の鎮守、備後総鎮護の社として崇敬を集めている。天正年間には三原城に滞在した豊臣秀吉が参拝し、境内に桜を手植えしたと伝えられる。木造狛犬一対をはじめ、木造

所在地
広島県三原市八幡町宮内7
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡