Shrine

山神社やまのかみしゃ

宮城県に鎮座する神社です。御祭神は木花佐久夜比賣命。開運のご利益で知られます。

由緒

崇徳天皇の永治元年(1141年)、摂津国の住人で現在の宮司家の祖にあたる小山田清寧が勧請したと伝えられる。元亀2年(1571年)、その子孫が御神体を奉じて平泉へ向かう途中に小牛田で宿を取ったところ、御神体を持つ者が動けなくなり、この地に鎮まることを望んでいると考えて住み着いたという口伝が残る。天正3年(1575年)に祠を建てて御神体を鎮め、寛文2年(1662年)には仙台藩が小牛田駅を開くのに合わせて間口9間・奥行4間の社殿を造営し遷座した。1700年代には男性中心の山神代参講と女性中心の山神代参婦人講が結ばれ、安産・子授けの神として東北一円から北海道まで信仰が広がった。明治41年の大火で全焼した後、大正6年(1917年)に現在の斎の台へ遷座している。

基本情報

この神社について

御祭神
木花佐久夜比賣命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
宮城県遠田郡美里町牛飼字斎ノ台37
アクセス
JR小牛田駅からタクシーで約3分。小牛田駅からバスに乗り「山の神社」で下車することもできる。東北自動車道古川インターチェンジからは車で約30分。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
yamanokami.org
電話番号
0229-33-2082

例大祭

4月12日

年間行事

1月1日の歳旦祭、1月14日のどんと祭、2月17日の祈年祭、11月15日の七五三祝、11月23日の新嘗祭が営まれるほか、6月から7月にかけてあじさい祭りが行われる。安産・子授けの祈願では籾殻を詰めた「おまくら」を授かり、願いがかなうと倍にして返す風習が伝えられ、当社はこの「倍返し」の発祥の地とされる。

よくある質問

山神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

山神社の例大祭はいつですか?

4月12日

山神社にはどのような年間行事がありますか?

1月1日の歳旦祭、1月14日のどんと祭、2月17日の祈年祭、11月15日の七五三祝、11月23日の新嘗祭が営まれるほか、6月から7月にかけてあじさい祭りが行われる。安産・子授けの祈願では籾殻を詰めた「おまくら」を授かり、願いがかなうと倍にして返す風習が伝えられ、当社はこの「倍返し」の発祥の地とされる。

山神社の公式情報はどこで確認できますか?

山神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

山神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

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宮城県商売繁盛金運

竹駒神社

たけこまじんじゃ

承和9年(842)、仁明天皇の御代に陸奥守として着任した参議・小野篁が、奥州鎮護の神としてこの地に創建したと伝えられる。御祭神は倉稲魂神・保食神・稚産霊神の三柱で、あわせて竹駒稲荷大神と称される。倉稲魂神は稲作・農耕や商工業、保食神は五穀豊穣と食物、稚産霊神は養蚕・生成発展や縁結びの神として信仰を集めてきた。江戸時代には仙台藩伊達家の庇護を受け、日本三稲荷の一つに数えられる大社となった。旧暦2月の

所在地
宮城県岩沼市稲荷町1-1
御祭神
倉稲魂神
系統
稲荷
宮城県開運厄除け

熊野那智神社

くまのなちじんじゃ

宮城県名取市の高舘山山頂に鎮座し、名取熊野三社の一つに数えられる。第一主神は羽黒飛龍大神、第二主神は熊野夫須美大神で、ほかに速玉神・家都御子神・大穴牟遅神など計7柱を祀る。社伝によれば、養老元年(717年)閏6月、名取郡廣ノ浦(現在の閖上)の漁師・治兵衛が海中から光を放つ御神体を引き揚げて家に祀ったところ、夜ごと西の山並みへ龍燈のような光が走った。神託を求めると「我は羽黒飛龍の神なり」との告げがあ

所在地
宮城県名取市高舘吉田舘山8
御祭神
羽黒飛龍神、伊弉冉尊
系統
熊野
宮城県開運厄除け

名取熊野三社

なとりくまのさんしゃ

紀州の熊野三山を模して名取の高舘丘陵に勧請された、熊野本宮社・熊野神社(新宮社)・熊野那智神社の三社をまとめた呼称です。保安年間(1120〜1124年)に熊野信仰を篤くした「名取老女」が勧請したと伝えられ、熊野那智神社は保安4年(1123年)に那智の分霊を合祀して社名を改めたとされます。仙台湾を熊野灘に、名取川を熊野川に、高舘丘陵を熊野の山並みに見立てて三社を配した地理的な対応関係が特徴です。中世

所在地
宮城県名取市高舘熊野堂字岩口上51
御祭神
速玉男尊、伊弉冉尊
系統
熊野
宮城県開運

亘理神社

わたりじんじゃ

明治12年(1879)6月、旧亘理領主・亘理伊達家の居城跡に、初代当主伊達成実の遺徳を後世に伝えようと創建された。祭神は成実に贈られた神号である武早智雄命。伊達成実は伊達政宗のもとで武勇をうたわれた武将で、亘理伊達家は明治初年に旧家臣団を率いて北海道へ移住し、現在の北海道伊達市の基礎を築いたことでも知られる。境内には全文4千字余りの漢文で成実の一代記を刻んだ大きな石碑が立つ。旧社格は村社。

所在地
宮城県亘理郡亘理町字旧舘32
御祭神
武早智雄命(伊達成実公)