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東北の神社一覧

東北の都道府県別一覧と神社カードをまとめるページです。

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東北の神社一覧

81件中1-20件を表示しています。

福島県学業成就

小平潟天満宮

こびらがたてんまんぐう

天暦2年(948年)の創建と伝わります。近江国の比良神社の神主が須磨で菅原道真の神像を得て旅を続けたところ、猪苗代湖の北岸まで来たときに神像が急に重くなって動かなくなったため、この地に社を建てて祀ったのが始まりとされます。祭神は菅原道真で、天神信仰の広がりとともに会津や仙道の領主・領民から厚い保護を受けて栄えました。現在の社殿は天和2年(1682年)に会津藩主松平正容によって造営されたものと伝えられ、流造の形式をとります。猪苗代湖畔の天神浜の松林に囲まれて建ち、磐梯山を望む立地にあります。学問の神を祀ることから、現在も合格祈願や学業成就を願う参拝者が多く訪れます。

所在地
福島県耶麻郡猪苗代町中小松西浜1615
御祭神
菅原道真
系統
天神
岩手県開運

日高神社

ひたかじんじゃ

社伝では弘仁元年(810年)、嵯峨天皇の勅命によって当地に勧請されたのが創建とされる。坂上田村麻呂による胆沢城造営から8年後にあたり、胆沢鎮守府を守る神社として朝廷の神々を祀ったと伝えられる。社名については、この地が古く日高見国と呼ばれその中心であったことに由来するという説のほか、前九年の役で源頼義が祈願したところ雨が止んで日が高く昇り、安倍貞任を討ったという伝承に因むとの説もある。以後、藤原秀衡、源頼義・義家、伊達氏らの崇敬を受け、寄進や改築が重ねられた。現在の本殿は寛永9年(1632年)に留守宗利が改築したと伝わる三間社流造銅板葺で、平成2年(1990年)に国の重要文化財に指定されている。

所在地
岩手県奥州市水沢日高小路13
御祭神
天御中主神、火産霊神
秋田県勝負運厄除け

金澤八幡宮

かねざわはちまんぐう

後三年の役(1083〜1087年)で激戦の舞台となった金沢柵の跡に鎮座する。奥羽を平定した源義家が藤原清衡に命じ、京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請して社殿を建てたのが始まりと伝わり、創建は寛治7年(1093年)とされる。当初は金澤八幡神社と称した。江戸時代に入ると、義家の弟である源義光の子孫にあたる佐竹氏が秋田藩主となったことから厚い崇敬を受け、慶長9年(1604年)以降十数回にわたって修改築が重ねられた。平成元年(1989年)に現在の社名へ改められている。古鏡や蓋付陶製経壺、銅製経筒、貞和年間の写経による大般若波羅蜜多経など、秋田県指定有形文化財を伝えており、後三年合戦ゆかりの地の信仰を今日に伝える社である。

所在地
秋田県横手市金沢中野字安本館4
御祭神
誉田別尊、息長帯姫命
系統
八幡
宮城県商売繁盛金運

竹駒神社

たけこまじんじゃ

承和9年(842)、仁明天皇の御代に陸奥守として着任した参議・小野篁が、奥州鎮護の神としてこの地に創建したと伝えられる。御祭神は倉稲魂神・保食神・稚産霊神の三柱で、あわせて竹駒稲荷大神と称される。倉稲魂神は稲作・農耕や商工業、保食神は五穀豊穣と食物、稚産霊神は養蚕・生成発展や縁結びの神として信仰を集めてきた。江戸時代には仙台藩伊達家の庇護を受け、日本三稲荷の一つに数えられる大社となった。旧暦2月の初午の日から7日間にわたって行われる初午大祭は、一年の農事・養蚕の準備の祭として営まれ、東北地方の春祭りの先駆けとされる。神輿渡御の行列の先頭に立つ竹駒奴は岩沼市指定無形文化財で、この祭りの見どころとなっている。

所在地
宮城県岩沼市稲荷町1-1
御祭神
倉稲魂神
系統
稲荷
福島県開運厄除け

新宮熊野神社

しんぐうくまのじんじゃ

天喜3年(1055)、源頼義が奥州平定にあたって紀州の熊野三山を勧請したのが始まりと伝えられる古社で、熊野本宮・新宮・那智の三山の神を祀る。拝殿にあたる「長床」は平安時代の建築様式を伝える茅葺きの建物で、太い円柱44本が5列に並び、周囲に壁を持たない吹き抜けの構造が大きな特徴となっている。国の重要文化財に指定されており、会津地方における熊野信仰の中心的な存在として知られる。境内には樹齢800年ともいわれる大イチョウがそびえ、秋には見事な黄葉となる。宝物殿も併設され、地元の新宮地区重要文化財保存会によって守り伝えられている。

所在地
福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野2258
御祭神
熊野三山(家都御子神、熊野速玉大神
系統
熊野
福島県開運

子鍬倉神社

こくわくらじんじゃ

福島県いわき市平の中心部、揚土に鎮座する。延喜式神名帳に載る磐城七社の一つとされるが、中世のうちに社は絶えた。江戸時代に磐城平藩主・内藤義概が調査を行い、桜町に稲荷の小社が残り付近から勾玉が出土した伝えがあることから、そこを当社の古跡と同定。復興にあたって現在の揚土の地に社殿が造営された。御祭神は稲倉魂命(倉稲魂命)で、「子鍬倉」という社名は子・鍬・倉すなわち衣食住を表すとされる。境内のヒイラギは樹高7.2m・幹周1.6mで、昭和55年(1980年)9月1日にいわき市の天然記念物に指定されている。地元では「県社」の愛称で親しまれている。

所在地
福島県いわき市平字揚土30
御祭神
稲倉魂命
秋田県開運

金峰神社

きんぽうじんじゃ

秋田県にかほ市象潟町小滝、鳥海山の麓を流れる奈曽川沿いに鎮座し、古くは蔵王権現と称された。秋田県神社庁の紹介によれば草創は白鳳9年と伝えられ、諸国に疫病が流行した折、役小角が勅を奉じて悪疫退散のため各地を巡り、この地の滝を霊地と見て大和国吉野から蔵王権現を勧請し、堂宇を建立したという。合殿の鳥海神社は上古「立木観音」と称され、斉衡3年(856年)に慈覚大師が鳥海山に住む悪鬼を鎮めた際、一丈六尺の立木観音を自ら刻んで蔵王権現に安置し、あわせて陵王・納曽利の面と獅子頭を作って舞楽を奉納したと伝わる。この舞楽が今日まで伝えられている延年チョウクライロ舞の起こりとされる。

所在地
秋田県にかほ市象潟町小滝字奈曽沢1
御祭神
少彦名神ほか8柱
宮城県開運

山神社

やまのかみしゃ

崇徳天皇の永治元年(1141年)、摂津国の住人で現在の宮司家の祖にあたる小山田清寧が勧請したと伝えられる。元亀2年(1571年)、その子孫が御神体を奉じて平泉へ向かう途中に小牛田で宿を取ったところ、御神体を持つ者が動けなくなり、この地に鎮まることを望んでいると考えて住み着いたという口伝が残る。天正3年(1575年)に祠を建てて御神体を鎮め、寛文2年(1662年)には仙台藩が小牛田駅を開くのに合わせて間口9間・奥行4間の社殿を造営し遷座した。1700年代には男性中心の山神代参講と女性中心の山神代参婦人講が結ばれ、安産・子授けの神として東北一円から北海道まで信仰が広がった。明治41年の大火で全焼した後、大正6年(1917年)に現在の斎の台へ遷座している。

所在地
宮城県遠田郡美里町牛飼字斎ノ台37
御祭神
木花佐久夜比賣命
宮城県開運厄除け

熊野那智神社

くまのなちじんじゃ

宮城県名取市の高舘山山頂に鎮座し、名取熊野三社の一つに数えられる。第一主神は羽黒飛龍大神、第二主神は熊野夫須美大神で、ほかに速玉神・家都御子神・大穴牟遅神など計7柱を祀る。社伝によれば、養老元年(717年)閏6月、名取郡廣ノ浦(現在の閖上)の漁師・治兵衛が海中から光を放つ御神体を引き揚げて家に祀ったところ、夜ごと西の山並みへ龍燈のような光が走った。神託を求めると「我は羽黒飛龍の神なり」との告げがあり、光の向かった高舘山に社殿を建てて羽黒飛龍大権現として祀った。これが養老3年(719年)6月10日と伝える。保安4年(1123年)には名取老女が紀州熊野三社をこの地に勧請し、那智の御分霊を合祀して熊野那智権現と号した。伊達家代々の崇敬が篤く、社地の拡張と社殿造営、祭祀料の寄進を受けた。明治31年(1898年)の拝殿移転工事の際には床下から懸仏や銅鏡155点が見つかり、国・県の文化財に指定された。

所在地
宮城県名取市高舘吉田舘山8
御祭神
羽黒飛龍神、伊弉冉尊
系統
熊野
青森県開運

天王神社

てんのうじんじゃ

七戸城跡(柏葉公園)の向かいにある小高い丘に鎮座する。社伝によれば応永元年(1394年)の勧請を創始とし、七戸城から見て北東の鬼門にあたることから、城の鬼門鎮護を担う社であったと考えられている。宝暦元年(1751年)には天王神楽が伝えられ、旧暦6月の満月の宵から3日間奉納される神事として今日まで受け継がれてきた。境内には樹齢300年以上といわれる大木を含む約500本の山つつじが自生し、春には参道を包むように咲く。つつじの名所として青森県の観光案内でも紹介されている。

所在地
青森県上北郡七戸町天王12-1
御祭神
牛頭天王(素盞嗚尊)
福島県開運

白河神社

しらかわじんじゃ

みちのくの入口として名高い白河関跡の丘に鎮座する神社で、「関の明神」「二所関明神」とも呼ばれる。社伝では成務天皇5年(315年)、白河国造・鹽伊乃自直命の神霊を祀ったのが始まりとされ、宝亀2年(771年)に天太玉命、住吉明神の中筒男命、玉津島明神の衣通姫命を合わせ祀ったと伝える。境内一帯の白河関跡は、奈良から平安時代にかけて陸奥と下野を分ける関が置かれた場所で、都人にとって陸奥への境目を意味し、古来数多くの和歌に詠まれてきた。関跡は国の史跡に指定されている。現在の社殿は仙台藩主・伊達政宗が寄進したものと伝えられ、本殿の棟には九曜と竪三引両の紋が見える。2022年に東北勢が全国高校野球選手権で初優勝した際、「白河の関越え」の言葉とともに注目を集めた。

所在地
福島県白河市旗宿字関ノ森120
御祭神
鹽伊乃自直命、天太玉命
青森県開運

猿賀神社

さるがじんじゃ

社伝によれば、蝦夷平定に赴いて敗死した上毛野君田道命の神霊を祀ったのが起こりで、欽明天皇28年(567年)の大洪水の際に神霊が当地へ遷ったと伝えます。延暦12年(793年)に坂上田村麻呂が現在地に祠を建て、勅命により大同2年(807年)社殿が造営され、以後「猿賀山深砂大権現(深砂宮・神蛇宮)」として崇められました。中世は藤原秀衡や北畠顕家ら在地の有力者、近世は津軽藩主津軽為信が祈願所と定め、社殿の造営や社領の寄進を重ねています。明治4年(1871年)の神仏分離で権現号を廃して猿賀神社と改称し、明治13年に県社、昭和34年(1959年)に神社本庁の別表神社となりました。眼の守護神、また辰年・巳年生まれの守り神としての信仰でも知られ、崇敬圏は青森県内にとどまらず北海道・東北一円に及びます。

所在地
青森県平川市猿賀石林175
御祭神
上毛野君田道命、保食神
宮城県開運厄除け

名取熊野三社

なとりくまのさんしゃ

紀州の熊野三山を模して名取の高舘丘陵に勧請された、熊野本宮社・熊野神社(新宮社)・熊野那智神社の三社をまとめた呼称です。保安年間(1120〜1124年)に熊野信仰を篤くした「名取老女」が勧請したと伝えられ、熊野那智神社は保安4年(1123年)に那智の分霊を合祀して社名を改めたとされます。仙台湾を熊野灘に、名取川を熊野川に、高舘丘陵を熊野の山並みに見立てて三社を配した地理的な対応関係が特徴です。中世以降は伊達氏の崇敬を受け、永正11年(1514年)の伊達稙宗以降、歴代当主と仙台藩主から寄進や奉納を重ねて受けました。三社の中心となった熊野神社の本殿は熊野造の特徴を持つ宮城県指定有形文化財で、春秋の例祭に奉納される熊野堂神楽・熊野堂舞楽は宮城県指定無形民俗文化財です。

所在地
宮城県名取市高舘熊野堂字岩口上51
御祭神
速玉男尊、伊弉冉尊
系統
熊野
青森県開運

高良神社

こうらじんじゃ

青森県に鎮座する神社です。開運のご利益で知られます。

所在地
青森県三戸郡五戸町大字倉石中市字田茂平
福島県交通安全美容

隠津島神社

おきつしまじんじゃ

『延喜式』神名帳の陸奥国安積郡「隠津島神社」に比定される式内社の論社で、社伝では平安時代に九州の宗像大社から勧請されたのが始まりと伝わる。祭神は市杵島比売命・多岐理毘売命・多岐都比売命の宗像三女神で、地元では「お杉様・お菅様」と呼ばれ親しまれてきた旧郷社。境内を覆う広大な社叢は、数百年にわたり斧を入れず倒木も朽ちるに任せた原生林の形態を保ち、山地林と湿地林に多くの湿地植物が群生する貴重なものとして、昭和39年(1964)に福島県の天然記念物に指定されている。

所在地
福島県郡山市湖南町福良字福良山7414番地
御祭神
市杵島比売命、多岐理毘売命
系統
厳島
宮城県開運

亘理神社

わたりじんじゃ

明治12年(1879)6月、旧亘理領主・亘理伊達家の居城跡に、初代当主伊達成実の遺徳を後世に伝えようと創建された。祭神は成実に贈られた神号である武早智雄命。伊達成実は伊達政宗のもとで武勇をうたわれた武将で、亘理伊達家は明治初年に旧家臣団を率いて北海道へ移住し、現在の北海道伊達市の基礎を築いたことでも知られる。境内には全文4千字余りの漢文で成実の一代記を刻んだ大きな石碑が立つ。旧社格は村社。

所在地
宮城県亘理郡亘理町字旧舘32
御祭神
武早智雄命(伊達成実公)
宮城県健康祈願

浮島神社

うきしまじんじゃ

創建年代は不詳だが、神亀元年(724)の多賀城創建の頃には既に鎮座していたと伝わる古社で、奥塩老翁神・奥塩老女神の二柱を祀る。社地の小高い丘は歌枕「浮島」の地とされ、山口女王が大伴家持に贈った歌にも詠まれた。延久6年(1074)には『朝野群載』に浮島社の名が見え、天皇の御体の平安を占う儀式の対象に選ばれている。江戸時代には「多賀神社」と称された時期もあり、明治4年(1871)に浮島村の総鎮守として村社「浮島神社」となった。境内には光源氏のモデルともいわれる源融を祀った大臣宮が合祀されており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の途中に立ち寄ったと伝えられる。

所在地
宮城県多賀城市浮島一丁目1-1
御祭神
奥塩老翁神、奥塩老女神
系統
多賀
宮城県勝負運交通安全

多賀神社

たがじんじゃ

陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。

所在地
宮城県多賀城市高崎1-14-13
御祭神
武甕槌命、経津主命
系統
香取
福島県開運

隠津島神社

おきつしまじんじゃ

神護景雲3年(769年)の勧請と伝えられ、宗像三女神である隠津島姫命・田心姫命・湍津姫命を祀ります。大同年間(806年〜)に平城天皇の勅願で弁天堂が建てられて神仏習合が進み、以来「木幡の弁天様」と親しまれてきました。木幡山は古くから神霊のこもる山として「御山」と呼ばれ、山全体が境内地となっています。天正13年(1585年)の伊達政宗の兵火で社殿を失いましたが、文明4年(1472年)建立の三重塔は焼け残り、昭和30年に福島県の重要文化財に指定されました。現在の本殿は二本松藩主丹羽長貴の命により寛政元年(1789年)に造営が始まり、寛政12年(1800年)に竣工しています。明治の神仏分離を経て明治40年に県社となりました。境内には国の天然記念物「木幡の大スギ」もあります。

所在地
福島県二本松市木幡字治家49
御祭神
隠津島姫命、田心姫命
岩手県開運厄除け

三熊野神社

みくまのじんじゃ

社伝では、延暦21年(802年)、蝦夷平定に向かった坂上田村麻呂が紀伊の熊野三山に戦勝を祈願し、平定成就ののちに熊野三神(伊弉冉命・事解男命・速玉男命)をこの地へ勧請したのが始まりと伝えられます。北上川東岸の熊野山嶺一帯は、それ以前に僧行基が開いたとも伝わる古い信仰の地で、社殿と並んで、坂上田村麻呂が奉祀したと伝わる兜跋毘沙門天立像を祀る毘沙門堂が建っています。毘沙門堂は室町時代後期の建築で平成2年に国の重要文化財に指定され、三熊野神社本殿は昭和54年に岩手県の有形文化財に指定されています。境内では、田村麻呂が兵に相撲を取らせた故事にちなむ特殊神事「十二番角力式」(泣き相撲)が受け継がれ、花巻市の無形民俗文化財として、地域の子どもの健やかな成長を願う神事となっています。

所在地
岩手県花巻市東和町北成島5区1
御祭神
伊弉冉命、事解男命
系統
熊野

東北に関連するご利益一覧

東北の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。