長崎県の神社
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長崎県の神社一覧
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海神神社
対馬島の西岸、峰町木坂の山中に鎮座する対馬国一宮で、旧国幣中社。社伝では神功皇后が三韓征伐からの帰途に旗八流を納めた地と伝え、古くは木坂八幡宮、八幡本宮、上津八幡宮などと称された。明治3年(1870年)に『延喜式神名帳』に見える和多都美神社の名へ改称し、明治4年に国幣中社へ列格する際、祭神を八幡神から豊玉姫命に改めるとともに社名を海神神社と改めた。主祭神の豊玉姫命は海を司る神の娘とされ、彦火火出見命や宗像神などを配祀する。社殿へは長く急な石段の参道が続き、社宝の銅造如来立像は統一新羅時代の作で国の重要文化財に指定されている。
- 所在地
- 長崎県対馬市峰町木坂247
- 御祭神
- 豊玉姫命、彦火火出見命
住吉神社
社伝では、三韓征伐を終えた神功皇后が帰途に壱岐へ立ち寄り、住吉大神の加護に感謝して現在の郷ノ浦町大浦触に三神を祀ったのが起こりとされ、のちに神託によって現在地へ遷ったと伝える。『延喜式神名帳』では名神大社に列し、明治4年(1871)5月に国幣中社となって壱岐で唯一の官社となった。現在は神社本庁の別表神社である。大阪の住吉大社、下関・博多の住吉神社と並べて日本四大住吉と称されることもある。明治4年には境内の神池から大陸系12面・和鏡系5面あわせて17面の鏡が見つかり、壱岐市の文化財に指定されている。境内のクスノキも市の天然記念物で、夫婦クスノキを巡ると良縁に恵まれるという言い伝えが残る。毎年12月には国の重要無形民俗文化財である壱岐神楽の締めくくりとして大大神楽が奉納される。
- 所在地
- 長崎県壱岐市芦辺町住吉東触470-1
- 御祭神
- 底筒男命、中筒男命
- 系統
- 住吉
聖母宮
壱岐島北端の勝本浦に鎮座し、壱岐国二宮として崇敬されてきた古社です。社伝では仲哀天皇9年(西暦200年ごろ)、神功皇后が海を渡る際に壱岐で風待ちをし、この地に行宮を営んだことを起源とすると伝えます。凱旋の折に「風本」と呼ばれていた地名を「勝本」に改めたとされ、社名も神功皇后(聖母)に由来します。社殿が正式に建てられたのは養老元年(717年)と伝えられ、延喜式神名帳にみえる壱岐郡の名神大社「中津神社」の有力な論社の一つに数えられます。文禄・慶長の役では大陸への出兵路にあたり、加藤清正や鍋島直茂ら諸将が門などを寄進したと伝わります。本殿と西門・南門は長崎県指定有形文化財で、唐津焼で最古の在銘資料とされる天正20年(1592年)銘の黒釉四耳壺も社宝として伝えられています。
- 所在地
- 長崎県壱岐市勝本町勝本浦554-2
- 御祭神
- 息長足姫尊、足仲彦尊
厳原八幡宮神社
長崎県対馬市厳原の中心部、清水山の麓に鎮座する古社で、対馬国一宮の論社とされる。応神天皇・神功皇后・仲哀天皇・姫大神・武内宿禰の五柱を祀る。社伝では、神功皇后が三韓征伐からの帰途に清水山へ登り、神霊の宿る山として山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を供えて天神地祇を祀り、異国の侵入からこの地を守るよう祈ったことに始まると伝える。のち天武天皇6年(677年)に勅命によって山麓に社殿が造営され、八幡神が祀られたという。中世以降は対馬を治めた宗氏をはじめ島民の崇敬を広く集め、近代には明治7年(1874年)に郷社、大正5年(1916年)に県社へ列格した。旧暦8月15日を本祭とする古式大祭では、宮司や氏子らが長い行列を組み、神輿とともに厳原港を目指して練り歩く神幸式(おさがり)が行われ、前夜祭・本祭ともに浦安の舞と命婦の舞が奉納される。
- 所在地
- 長崎県対馬市厳原町中村字清水山645-1
- 御祭神
- 応神天皇、神功皇后
- 系統
- 八幡
八幡宮神社
対馬の中心・厳原の清水山麓に鎮座する対馬国一宮の論社で、旧県社。正式な社名は「八幡宮神社」で「厳原」の地名は入らないが、他所の八幡宮と区別するため「厳原八幡宮」とも呼ばれ、楼門にかかる扁額も「八幡宮神社」と記す。社伝では、神功皇后が三韓征伐からの帰途に清水山へ行啓し、神霊の宿る山として山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を置いて天神地祇を祀ったのが起こりとされる。677年(天武天皇6年)、天武天皇の勅命により清水山の麓に社殿を造営して八幡神を祀ったのが創建と伝わる。上県郡の上津八幡宮(現在の海神神社)に対して当社は下津八幡宮と並び称され、戦国時代頃からは府中八幡宮と呼ばれるようになった。1871年(明治4年)に式内名神大社「和多都美神社」に比定されて改称したことがあったが、1890年(明治23年)に元の八幡宮へ戻している。1874年(明治7年)に郷社、1916年(大正5年)に県社へ昇格した。
- 所在地
- 長崎県対馬市厳原町中村字清水山645-1
- 御祭神
- 応神天皇、神功皇后
- 系統
- 八幡
温泉神社
雲仙温泉街の中心に鎮座する温泉神社の総本社。神代の鎮座と伝えられ、『肥前国風土記』にも記される古社である。主祭神は白日別命をはじめとする五柱で、『古事記』に一身四面の神が九州の島々を鎮護したと記されることに由来し、古くは「四面宮」と称された。行基が開いたと伝わる大乗院満明寺の守護神として祀られ、その山号「温泉山」が社名の由来ともされる。島原半島の各地に分社が創建されて「温泉四面大明神」「おしめんさん」と呼ばれて親しまれ、現在も半島に広がる温泉神社群の総本社として崇敬を集めている。
- 所在地
- 長崎県雲仙市小浜町雲仙319
- 御祭神
- 白日別命 外4柱
興神社
『延喜式』神名帳に載る式内社の論社で、祭神は足仲彦命(仲哀天皇)と息長足姫命(神功皇后)。社名の「興」は国府を意味するとされ、壱岐国府の印と鑰(蔵の鍵)を納めた社として近世には「印鑰大明神」とも呼ばれた。延宝4年(1676)に神道家・橘三喜が壱岐の式内社を調査した際、当社を式内小社「與神社」に比定したが、これは「興」と「與」の字の見誤りとされ、近年の研究では式内名神大社「天手長男神社」が当社であり、壱岐国一宮であったとする説が有力となっている。明治9年(1876)に村社に列した。
- 所在地
- 長崎県壱岐市芦辺町湯岳興触676
- 御祭神
- 足仲彦命、息長足姫命
天手長男神社
『延喜式』神名帳の壱岐島壱岐郡「天手長男神社」(名神大社)の論社で、壱岐国一宮とされてきた神社。中世に所在が分からなくなっていたが、江戸時代に平戸藩の国学者・橘三喜が「若宮」と呼ばれていた鉢形嶺の小祠を式内社に比定し、元禄元年(1688)に平戸藩主松浦氏により社殿が造営された。祭神は天忍穂耳尊・天手力男命・天鈿女命。鎮座地である鉢形嶺の経塚からは延久3年(1071)の刻銘を持つ滑石製の石造弥勒如来坐像が出土しており、国の重要文化財に指定されている(現在は奈良国立博物館が所蔵)。社殿へは137段の苔むした石段を上る。
- 所在地
- 長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730
- 御祭神
- 天忍穂耳尊、天手力男命
月讀神社
『日本書紀』顕宗天皇3年(487年)、任那に遣わされた阿閉臣事代に月神が神がかりして託宣を下し、朝廷が壱岐県主の祖・押見宿禰に命じて壱岐の月讀神社から京都(嵐山・松尾)に分霊を祀らせたと伝わる。この京都の月讀神社を通じて神道が全国に広まったとされることから、壱岐の月讀神社は全国の月讀神社の元宮とされ、「神道発祥の地」と称される。祭神は月夜見命・月弓命・月読命の3柱(いずれも同神)で、天照大御神の次に生まれた三貴神の一柱。暦や潮の満ち引きなど月にまつわる事柄を司り、航海安全の信仰も篤い。
- 所在地
- 長崎県壱岐市芦辺町国分東触464
- 御祭神
- 月夜見命、月弓命
鎮西大社諏訪神社
鎮西大社諏訪神社は建御名方神・八坂刀売神を祀る神社。厄除け・縁結びのご利益で知られ、1625年(寛永2年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 長崎県長崎市上西山町18-15
- 御祭神
- 建御名方神、八坂刀売神
- 系統
- 諏訪
山王神社
山王神社は、長崎市坂本に鎮座する神社。山王権現を祀る地域の鎮守として崇敬され、原爆で被災した二の鳥居と境内の大クスが平和の象徴として知られる。戦災を越えて復興した社として、地域の祈りを受け継いでいる。
- 所在地
- 長崎県長崎市坂本2丁目5-6
- 御祭神
- 天照大御神、豊受比売神
- 系統
- 伊勢・神明
亀山八幡宮(佐世保)
亀山八幡宮(佐世保)は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后などを祀る長崎県佐世保市八幡町の八幡宮。佐世保中心部に鎮座する、勝負運・厄除けのご利益で知られる神社です。
- 所在地
- 長崎県佐世保市八幡町3-3
- 御祭神
- 応神天皇、仲哀天皇
- 系統
- 八幡
金比羅神社
長崎県に鎮座する金刀比羅系の神社です。交通安全・商売繁盛のご利益で知られます。
- 系統
- 金刀比羅
長崎県で多いご利益
長崎県の神社一覧から、件数の多いご利益別ページをまとめています。