由緒
長崎県対馬市厳原の中心部、清水山の麓に鎮座する古社で、対馬国一宮の論社とされる。応神天皇・神功皇后・仲哀天皇・姫大神・武内宿禰の五柱を祀る。社伝では、神功皇后が三韓征伐からの帰途に清水山へ登り、神霊の宿る山として山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を供えて天神地祇を祀り、異国の侵入からこの地を守るよう祈ったことに始まると伝える。のち天武天皇6年(677年)に勅命によって山麓に社殿が造営され、八幡神が祀られたという。中世以降は対馬を治めた宗氏をはじめ島民の崇敬を広く集め、近代には明治7年(1874年)に郷社、大正5年(1916年)に県社へ列格した。旧暦8月15日を本祭とする古式大祭では、宮司や氏子らが長い行列を組み、神輿とともに厳原港を目指して練り歩く神幸式(おさがり)が行われ、前夜祭・本祭ともに浦安の舞と命婦の舞が奉納される。