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滋賀県の病気平癒神社

滋賀県で病気平癒のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

滋賀県の病気平癒神社一覧

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滋賀県厄除け病気平癒

大笹原神社

おおささはらじんじゃ

滋賀県野洲市大篠原に鎮座する旧郷社。創建年代は明らかでないが平安時代中期と伝え、寛和2年(986年)に越智諸実が社殿を再建して社領を寄進したという。現在の本殿は室町時代中期の応永21年(1414年)の建立で、六角氏の家臣で岩倉城主の馬淵定信を願主として再建されたと伝わる。桁行三間・梁間三間、一重の入母屋造、向拝一間、檜皮葺。彩色を施さない素木造だが、欄間や戸の意匠、各所に配された彫刻の手法が優れ、東山文化の装飾性をよく伝えている。小規模ながら中世の神社建築として屈指の傑作と評価され、明治34年(1901年)に重要文化財、昭和36年(1961年)に国宝に指定された。参道を進むと左手に拝殿、その右手に寄倍の池、奥に本殿と境内社の篠原神社本殿が並ぶ。良質のもち米を産する土地柄にちなみ、鏡餅の起源を祀るという「餅の宮」も境内にある。

所在地
滋賀県野洲市大篠原2375
御祭神
速須佐之男命、稲田姫命
系統
八坂
滋賀県厄除け病気平癒

大鳥神社

おおとりじんじゃ

社伝では、元慶6年(882年)に伊賀国阿拝郡河合郷の篠山嶽から旧大原の地へ勧請され、のちに現在地へ遷されたと伝わります。神仏習合のもとで天台宗の大原山河合寺が営まれ、子院36院を擁して栄えました。中世には近江守護六角氏の崇敬を受け、河合社・河合祇園社・牛頭天王社などと呼ばれ、氏子からは今も「てんのうさん」と親しまれています。文禄4年(1595年)には花奪神事に豊臣秀吉の墨付きを得たと伝え、元禄2年(1689年)には桂昌院から修繕料が寄進されました。明治元年、旧大原荘の「大」と鳥居野の「鳥」を合わせて大鳥神社と改称。大正5年の火災で本殿を残して社殿を失いましたが、大正9年に氏子の力で復興し、拝殿など7棟が国の登録有形文化財となっています。御神体の素盞嗚命坐像は国の重要文化財です。

所在地
滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野783
御祭神
素盞嗚尊
系統
八坂
滋賀県縁結び開運

馬路石邊神社

うまじいそべじんじゃ

社伝によれば白鳳3年に建速須佐之男命を奉斎し、朱鳥元年(686)に大己貴命を合祀したことに始まる古社で、延喜式神名帳に記載される式内社。社名は古代の馬道(うまじ)郷の土豪・石邊君氏の氏神であることに由来する。中世には江州田中荘(吉身・守山など)の総鎮守「田中大明神」「田中天王社」と崇められ、鎮守の森は「天王の森」と呼ばれた。弘仁年間には嵯峨天皇の病気平癒祈願の功により神領などが寄進されたと伝わる。元亀・天正年間の野洲川周辺の戦乱で社殿や神宝を焼失し、江戸時代に再興されたが天明4年(1784)に再び火災に遭い、現社殿は文久2年(1862)の再建。明治9年に村社、明治14年に郷社に列した。祭礼では天下泰平・五穀豊穣を祈る古式踊「豊年踊」が奉納される。

所在地
滋賀県守山市吉身4丁目4-1
御祭神
建速須佐之男命、大己貴命
系統
出雲
滋賀県勝負運厄除け

長等神社

ながらじんじゃ

長等神社は、天智天皇の御代、西暦667年ごろ近江大津宮の鎮護として長等山岩座谷の霊地に須佐之男命を祀ったことを起源とする。1300年以上の歴史を持ち、大津の町の守護神として崇敬されてきた。

所在地
滋賀県大津市三井寺町4-1
御祭神
建速須佐之男大神、大山咋大神
系統
八幡

滋賀県で病気平癒の神社を選ぶポイント

病気平癒の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。滋賀県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

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