由緒
社伝では、元慶6年(882年)に伊賀国阿拝郡河合郷の篠山嶽から旧大原の地へ勧請され、のちに現在地へ遷されたと伝わります。神仏習合のもとで天台宗の大原山河合寺が営まれ、子院36院を擁して栄えました。中世には近江守護六角氏の崇敬を受け、河合社・河合祇園社・牛頭天王社などと呼ばれ、氏子からは今も「てんのうさん」と親しまれています。文禄4年(1595年)には花奪神事に豊臣秀吉の墨付きを得たと伝え、元禄2年(1689年)には桂昌院から修繕料が寄進されました。明治元年、旧大原荘の「大」と鳥居野の「鳥」を合わせて大鳥神社と改称。大正5年の火災で本殿を残して社殿を失いましたが、大正9年に氏子の力で復興し、拝殿など7棟が国の登録有形文化財となっています。御神体の素盞嗚命坐像は国の重要文化財です。