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茨城県の厄除け神社

茨城県で厄除けのご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

茨城県の厄除け神社一覧

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茨城県勝負運厄除け

若宮八幡宮

わかみやはちまんぐう

応永年間(1394〜1428)、佐竹氏12代の佐竹義仁が鎌倉の鶴岡八幡宮から分霊を勧請し、太田城内に守護神として祀ったのが始まりと伝わる。以後は佐竹氏歴代の祈願所となり、関ヶ原の戦い後に佐竹氏が秋田へ移封された際には、分霊が大館城の守護神として奉持された。江戸時代には水戸徳川家の崇敬を受け、慶長14年(1609)に初代藩主徳川頼房の病気平癒祈願が成就したと伝えられる。水戸藩が領内の八幡社を整理した「八幡改め」の際にも存続を許された四社の一つに数えられ、宝永5年(1708)に現在地へ遷座した。祭神は仁徳天皇にあたる大鷦鷯尊で、倉稲魂命を併せ祀る。境内には樹齢500年を超えるケヤキの巨木群があり、最大のものは高さ約30m、幹周約8.5mで茨城県の天然記念物に指定されている。

所在地
茨城県常陸太田市宮本町2344
御祭神
大鷦鷯尊(仁徳天皇)、倉稲魂命
系統
八幡
茨城県勝負運厄除け

水戸八幡宮

みとはちまんぐう

文禄元年(1592)、常陸太田から水戸へ居城を移した佐竹義宣が、氏神として崇敬していた常陸太田の馬場八幡宮から八幡大神を水戸城内に勧請したことに始まる。慶長3年(1598)に本殿が建立され、水府(水戸)総鎮守と定められた。元禄7年(1694)にいったん那珂西村(現・城里町那珂西)へ遷されたが、宝永6年(1709)、水戸藩三代藩主・徳川綱條の代に現在の白幡山の社地へ改めて鎮座した。本殿は国の重要文化財に指定されている。日光連山や久慈の山並みを望む高台にあり、茨城百景・茨城観光百選・市民が選ぶ水戸百景にも選ばれている。

所在地
茨城県水戸市八幡町8-54
御祭神
誉田別尊、息長足日売尊
系統
八幡
茨城県勝負運厄除け

馬場八幡宮

ばばはちまんぐう

社伝では天喜4年(1056年)、前九年の役に向かう源頼義が当地にあった熊野神社の境内に陣を張り、社前に据えた2枚の平石に石清水八幡宮の神霊を勧請して戦勝を祈願したのが始まりとされる。以後この地で勢力を伸ばした佐竹氏が守護神として崇敬し、初代昌義が社殿を造営して太田郷の総社とした。佐竹氏は代々当社の神前で元服の儀を行うのを家例とし、天正2年(1574年)の落雷で社殿を焼失した後、同8年に19代義重が現在の本殿を再建している。本殿は常陸太田市指定文化財。20代義宣は天正20年(1592年)に分霊を水戸八幡宮へ、慶長7年(1602年)の秋田移封の際には八幡秋田神社へ遷した。

所在地
茨城県常陸太田市馬場町574
御祭神
誉田別尊、息長足比咩命
系統
八幡
茨城県厄除け方除け

愛宕神社

あたごじんじゃ

大同元年(806)の創建と伝わり、笠間市泉の愛宕山山頂に鎮座する。もとは愛宕権現と称し、俗に「泉の愛宕」と呼ばれた火防の神で、日本三大火防神社の一社を称する。愛宕山には十三天狗が住んだという伝説があり、江戸時代には平田篤胤の著作にも記されるなど、天狗信仰の山として広く知られて参詣者を集めた。本殿裏手の飯綱神社では、日本三大奇祭の一つに数えられる「悪態まつり」が毎年12月に行われる。

所在地
茨城県笠間市泉101番地
御祭神
伊邪丹大神、相殿4柱
系統
愛宕
茨城県安産子宝

山王神社

さんのうじんじゃ

茨城県に鎮座する浅間系の神社です。御祭神は木花咲耶姫、山王権現。安産・子宝・厄除けのご利益で知られます。

所在地
茨城県桜川市岩瀬字山王69
御祭神
木花咲耶姫、山王権現
系統
浅間
茨城県縁結び開運

常陸國總社宮

ひたちのくにそうしゃぐう

常陸國總社宮は、常陸国府の近く、筑波山と霞ヶ浦を望む地に創建された総社。国司が国内諸社を巡拝する代わりに祭祀を行った総社の伝統を受け継ぎ、国衙跡や日本武尊ゆかりの神石とともに常陸国の古い信仰を伝えている。

所在地
茨城県石岡市総社二丁目8-1
御祭神
伊弉諾尊、大国主尊
系統
出雲
茨城県勝負運厄除け

若宮八幡宮

わかみやはちまんぐう

茨城県に鎮座する八幡系の神社です。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

系統
八幡

茨城県で厄除けの神社を選ぶポイント

厄除けの参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。茨城県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

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