由緒
正式には御霊神社といい、京都御所の北、上京区上御霊竪町に鎮座する。下御霊神社に対して上御霊神社と通称される。延暦13年(794年)の平安遷都に際し、桓武天皇が非業の死を遂げた弟・早良親王(崇道天皇)の神霊をこの地に祀ったのが起こりと伝わる。以後、井上大皇后や他戸親王、橘逸勢、文屋宮田麻呂ら政争に倒れた人々の霊が加えられ、十三柱を祀るようになった。貞観5年(863年)には神泉苑で御霊会が営まれ、疫病を鎮める霊社として都人の厚い信仰を集めた。応仁元年(1467年)、畠山政長と畠山義就が境内の御霊の森で衝突したことから、応仁の乱の発端の地としても知られる。「こころしずめの社」と称され、厄除けや学業成就の祈願に訪れる人が多い。