信仰

御霊信仰の神社

御霊を鎮め、災厄除けや地域守護を祈る信仰。

御霊信仰について

御霊を鎮め、災厄除けや地域守護を祈る信仰。信仰ごとの由緒や流れを踏まえて、神社を横断的に見比べる入口として使えます。

代表格として上御霊神社を登録しています。

中心祭神は崇道天皇です。

御霊信仰で有名な神社

有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。

御霊信仰の神社一覧

6件中1-6件を表示しています。

奈良県商売繁盛金運

御霊神社

ごりょうじんじゃ

公式サイトの由緒によれば、延暦19年(800年)に桓武天皇の勅命で創祀された勅願社。奈良時代に無実の罪を着せられて薨去した井上内親王(光仁天皇の皇后)と御子の他戸親王の霊を慰め、都に流行した疫病の侵入を防ぐため、街道沿いの防疫施設として造営された井上御霊社が前身とされる。本殿に井上皇后と他戸親王、東西の社殿に早良親王・藤原広嗣・藤原大夫人・伊予親王・橘逸勢・文屋宮田麻呂を祀り、あわせて八所御霊大神と称する。宝徳3年(1451年)の土一揆で元興寺の金堂以下主要堂宇が焼失したのち現在地へ遷座し、元興寺の鎮守社として広く信仰を集めた。豊臣秀吉の時代以降は氏子地域70余町を守護する氏神として、ならまち一帯の信仰を担ってきた。

所在地
奈良県奈良市薬師堂町24
御祭神
井上皇后、他戸親王
系統
恵比寿
京都府開運

上御霊神社

かみごりょうじんじゃ

正式には御霊神社といい、京都御所の北、上京区上御霊竪町に鎮座する。下御霊神社に対して上御霊神社と通称される。延暦13年(794年)の平安遷都に際し、桓武天皇が非業の死を遂げた弟・早良親王(崇道天皇)の神霊をこの地に祀ったのが起こりと伝わる。以後、井上大皇后や他戸親王、橘逸勢、文屋宮田麻呂ら政争に倒れた人々の霊が加えられ、十三柱を祀るようになった。貞観5年(863年)には神泉苑で御霊会が営まれ、疫病を鎮める霊社として都人の厚い信仰を集めた。応仁元年(1467年)、畠山政長と畠山義就が境内の御霊の森で衝突したことから、応仁の乱の発端の地としても知られる。「こころしずめの社」と称され、厄除けや学業成就の祈願に訪れる人が多い。

所在地
京都府京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495番地
御祭神
崇道天皇、井上大皇后
系統
御霊
京都府学業成就

下御霊神社

しもごりょうじんじゃ

創建年代は不詳。平安時代、相次ぐ疫病や災害を非業の死を遂げた貴人の怨霊のしわざと考え、御霊として祀り慰める御霊信仰から生まれた神社で、『日本三代実録』貞観5年(863)5月20日条に記される神泉苑での最古の御霊会がその淵源とされる。この御霊会で祀られた崇道天皇(早良親王)・伊予親王ら六座に二座を加えた八所御霊を祭神とする。はじめ愛宕郡出雲郷の下出雲寺境内に鎮座したと伝わり、のち新町出水の西へ移り、天正18年(1590)に現在地へ遷座した。古くから皇居の産土神として皇室の崇敬が厚く、享保年間には霊元天皇が二度にわたり社頭で祈願している。疫病退散の神「下御霊鎮疫神」として信仰され、境内に湧く御霊水でも知られる。

所在地
京都府京都市中京区寺町通丸太町下る下御霊前町
御祭神
吉備聖霊、崇道天皇
系統
御霊
大阪府勝負運厄除け

御霊神社

ごりょうじんじゃ

御霊神社は、鎌倉坂ノ下に鎮座し、鎌倉権五郎景政を祀る神社。平安後期の武将である景政公の武勇を伝え、古くから地域の鎮守として崇敬されてきた。面掛行列などの祭礼でも知られる。

所在地
大阪府大阪市中央区淡路町4丁目4-3
御祭神
天照大神荒魂、津布良彦神
系統
御霊
神奈川県開運

御霊神社

ごりょうじんじゃ

神奈川県に鎮座する御霊系の神社です。開運のご利益で知られます。

系統
御霊
京都府開運

御霊神社

ごりょうじんじゃ

京都府に鎮座する御霊系の神社です。開運のご利益で知られます。

系統
御霊

御霊信仰に関連するご利益一覧

御霊信仰の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。