由緒
神護景雲3年(769年)の勧請と伝えられ、宗像三女神である隠津島姫命・田心姫命・湍津姫命を祀ります。大同年間(806年〜)に平城天皇の勅願で弁天堂が建てられて神仏習合が進み、以来「木幡の弁天様」と親しまれてきました。木幡山は古くから神霊のこもる山として「御山」と呼ばれ、山全体が境内地となっています。天正13年(1585年)の伊達政宗の兵火で社殿を失いましたが、文明4年(1472年)建立の三重塔は焼け残り、昭和30年に福島県の重要文化財に指定されました。現在の本殿は二本松藩主丹羽長貴の命により寛政元年(1789年)に造営が始まり、寛政12年(1800年)に竣工しています。明治の神仏分離を経て明治40年に県社となりました。境内には国の天然記念物「木幡の大スギ」もあります。