由緒
「大神山」は御神体山である大山の古名で、奈良時代の「出雲国風土記」に「伯耆国大神岳」として現れ、延喜式神名帳にも「伯耆国会見郡 大神山神社」と記載される古社。主祭神は国造りの神・大己貴神。冬期の積雪を避けて山麓に遥拝所や冬期社殿を設けたことが本社の起こりとされ、平安末期には福万原へ遷座して社領千石を有した。神仏習合期には大己貴神の本地仏として地蔵菩薩を祀って「大山権現」と称し、三院180坊・僧兵3000を擁する一大勢力を誇った。明治の神仏分離で大神山神社と改称し国幣小社に列格。大山中腹の奥宮と米子市尾高の本社の二社からなる。