Shrine

伊和神社いわじんじゃ

兵庫県に鎮座する出雲系の神社です。社格は一宮。御祭神は大己貴神。縁結び・開運のご利益で知られます。

由緒

播磨国一宮。主祭神の大己貴神は播磨国内を巡歴して国造りを行い、最後に伊和の里で「我が事業は終わった」と仰せられて鎮まったと伝えられ、人々がその神徳を慕って社殿を営んだのが創祀とされる。「我を祀れ」との神託の後、一夜のうちに草木が生い茂り、石の上に二羽の大きな鶴が眠っていた場所に社殿を造営したという伝承があり、創建は成務天皇の甲申年(144)あるいは欽明天皇25年(564)と伝わる。延喜式では明神大社に列し、神階は正一位、明治の社格制度では国幣中社。古来、農工商など産業の神、縁結び・福の神、厄除け・病気平癒・交通安全の神として崇敬されてきた。配祀神は少彦名神・下照姫神。

基本情報

この神社について

御祭神
大己貴神
ご利益
縁結び開運
系統・信仰
出雲
社格
一宮

アクセス・参拝情報

所在地
兵庫県宍粟市一宮町須行名407
アクセス
JR姫路駅北口から神姫バスで「山崎」まで約60分、横山・皆木方面行きに乗り換え「一宮伊和神社」下車(約30分)。車は中国自動車道山崎ICから国道29号を北へ約15km。
駐車場
駐車場あり(180台)。

公式情報・問い合わせ

電話番号
0790-72-0075

伊和神社は何の神様?

伊和神社の御祭神は大己貴神です。

大己貴神

国土経営・縁結びの神。大己貴命の別名。出雲大社の主祭神として縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては出雲大社、常陸国出雲大社、当別神社などが挙げられます。 総本社格としては出雲大社がよく知られ、各地の出雲系神社の中心的存在です。 別名として「大己貴命」とも記されます。 検索時は 大己貴命 でも参照できます。

例大祭

10月15日

年間行事

夏祭(7月15日)と宵宮(7月14日)には天下泰平・無病息災を祈る絵灯籠が奉納される。8月26日の風鎮祭(油万灯)では境内の台に献灯して豊年満作・攘災招福を祈り、一般参拝者もロウソク持参で献灯できる。例祭2日目(10月16日)の渡御祭では氏子4地区の屋台の宮入や奉納練り合わせが行われる。

よくある質問

伊和神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

伊和神社の例大祭はいつですか?

10月15日

伊和神社にはどのような年間行事がありますか?

夏祭(7月15日)と宵宮(7月14日)には天下泰平・無病息災を祈る絵灯籠が奉納される。8月26日の風鎮祭(油万灯)では境内の台に献灯して豊年満作・攘災招福を祈り、一般参拝者もロウソク持参で献灯できる。例祭2日目(10月16日)の渡御祭では氏子4地区の屋台の宮入や奉納練り合わせが行われる。

伊和神社へ問い合わせる方法はありますか?

電話番号は 0790-72-0075 です。受付時間や御祈祷の可否は事前に確認してください。

伊和神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

京都府縁結び開運

一宮神社

いっきゅうじんじゃ

社伝によれば、慶雲4年(707年)、麿子親王によって創建されたと伝わる古社である。祭神の大己貴神は大国主神の別名としても知られ、国土経営に関わる神として信仰されてきた。かつて丹波国と丹後国の境に鎮座していたことから、両国の守護神として崇敬を集めたと伝わる。江戸時代には三輪明神とも呼ばれ、福知山藩の鎮守として藩主から篤い崇敬を受けた。明治以降は旧社格府社に列せられ、境内には鎌倉時代の作と伝わる石灯籠

所在地
京都府福知山市字堀2249
御祭神
大己貴神
系統
出雲
滋賀県縁結び開運

大國主神社

おおくにぬしじんじゃ

滋賀県高島市新旭町饗庭に鎮座し、大己貴神を主祭神とする神社。火産霊神・豊受大神・天児屋根命・小毘古神・菅原道真公を配祀する。社伝によると慶応4年(1868年)までは山王大権現と称し、その後に大國主神社と改号した。勧請の年代は不詳だが、天授6年(1380年)に田井から現在地へ遷座したと伝える。永正8年(1511年)の「御宮年中行事」には、4月初申日に上郷・下郷によって例祭が行われた旨が記されている。

所在地
滋賀県高島市新旭町饗庭619
御祭神
大己貴神
系統
出雲
大阪府縁結び開運

石津神社

いしずじんじゃ

石津神社は、八重事代主神・大己貴神・天穂日神を主祭神とする堺の神社。応神天皇や伊邪那美神なども祀り、地域の村社を合祀して信仰を受け継いできた。石津の地の鎮守として崇敬されている。

所在地
大阪府堺市堺区石津町1丁15-21
御祭神
八重事代主神、大己貴神
系統
出雲
兵庫県縁結び開運

御形神社

みかたじんじゃ

『播磨国風土記』にその名が見える式内社で、祭神は大国主神の別名とされる葦原志許男神を祀る。社名は、祭神がこの地に杖を刺し植えて形見(御形見)としたという伝承に由来すると伝わり、但馬の神・天日槍命と境を定めたという説話でも知られる。若き日に根の国での試練を乗り越えた祭神の神話にちなみ、人生の節目や試練の折に心を鎮めて新たな歩みを祈る社として崇敬されてきた。室町時代後期に建立された本殿は国の重要文化財

所在地
兵庫県宍粟市一宮町森添280
御祭神
葦原志許男神(大国主神)
系統
出雲