由緒
高崎市柴崎町に鎮座する旧郷社。社伝によれば、各地で疫病が蔓延していた貞観11年(869年)、清和天皇の詔により尾張国(現在の愛知県西部)の津島神社から神霊を招いて現在地に祀ったのが始まりで、以来「天王宮」と呼ばれ健康・厄除の神として崇敬されてきた。天喜5年(1057年)には源頼義が奥州へ向かう折に武運長久を祈願し、凱旋にあたって社殿の修造と神領の寄進を行ったと伝わる。戦国時代には武田・上杉・北条など諸将の戦勝祈祷文書や社家への安堵状が納められ、今に伝えられている。寛永11年(1634年)には三代将軍徳川家光から御朱印地30石が寄進され、幕末まで続いた。明治初年の神仏分離を機に、当時の宮司が「雄大に進むように」との願いを込めて主祭神スサノオを社号とし「進雄神社」と改称。平成3年(1991年)には総檜・権現造の社殿が新築された。