由緒
氷川女体神社は、見沼の谷に突き出した小舌状台地に鎮座する武蔵国有数の古社。社伝では第10代崇神天皇の時代に勧請されたと伝わり、社名の「女体」は御祭神の稲田姫命に由来するとされる。一説には、女体社である当社、男体社にあたる大宮氷川神社、王子社にあたる中山神社の三社を合わせて武蔵国一宮と称したとも伝えられ、三社は一直線上に配置される。中世以降は鎌倉北条氏・岩槻太田氏・小田原北条氏など武門の崇敬を集め、徳川将軍家からも社領50石を寄進された。現在の社殿は寛文7年(1667)に徳川幕府4代将軍家綱が忍城主阿部忠秋に命じて建立したもので、朱塗りの本殿と拝殿・相の間を備える形式を伝える。