由緒
式内小社で旧社格は村社。境内の由緒書によれば、養老4年(720年)の『日本書紀』に見える栗隈県の大溝(栗隈大溝)の東側、旦椋という地に古社として鎮座していたと伝えられるが、その社殿は天文19年(1550年)に焼失した。その後、永禄9年(1566年)に旧地の大久保町旦椋から天満天神が祀られていた現在地へ移されて再興されたことが、吉田兼右の『兼右卿記』に見える。延喜年間(901〜923年)に編纂された『延喜式』の神名帳に記載された延喜式内社の一つに数えられる。現在の御祭神は高皇産霊神と神皇産霊神の二柱に、遷座先で合祀された天満天神の菅原道真公を加えた三柱。本殿は延宝2年(1674年)の改築によるもので、京都府の登録有形文化財となっている。