信仰

天神信仰の神社

菅原道真公を祀る天神信仰。

天神信仰について

菅原道真公を祀る天神信仰。信仰ごとの由緒や流れを踏まえて、神社を横断的に見比べる入口として使えます。

代表格として北野天満宮を登録しています。

中心祭神は菅原道真公です。

天神信仰とは

由来と信仰の広がりを整理します。

天神信仰は、菅原道真公を学問の神として祀る信仰です。道真公の学才と誠実な生涯への崇敬から、受験、資格試験、学業成就の祈願先として全国に広がりました。

太宰府天満宮、北野天満宮、防府天満宮をはじめ、梅や撫で牛を象徴に持つ天満宮が多くあります。

参拝のポイント

天神信仰の神社を訪れる前に押さえたい観点です。

合格祈願では、志望校名や試験日を心の中で具体的に伝え、努力を続ける決意を添えて参拝します。絵馬は試験後のお礼参りまで含めて一連の参拝と考えるとよいです。

天神信仰で有名な神社

有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。

有名神社京都府学業成就厄除け

北野天満宮

きたのてんまんぐう

北野天満宮は菅原道真公を祀る神社。学業成就・厄除祈願のご利益で知られ、947年(天暦元年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府京都市上京区馬喰町
御祭神
菅原道真公
系統
天神
有名神社福岡県学業成就厄除け

太宰府天満宮

だざいふ てんまんぐう

太宰府天満宮は菅原道真公を祀る神社。学業上達・厄除けのご利益で知られ、919年(延喜19年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
福岡県太宰府市宰府4-7-1
御祭神
菅原道真公
系統
天神
大阪府学業成就開運

服部天神宮

はっとりてんじんぐう

社伝によれば、この地に住んだ渡来系の秦氏が医薬の祖神・少彦名命を祀る小祠を設けたのが起源で、「服部」の地名も秦氏の機織部に由来する。延喜元年(901)、菅原道真が大宰府へ左遷される途上、持病の脚気により足が腫れて歩行困難となった際、村人の勧めでこの祠に参拝したところ痛みが治まり、無事大宰府へ到着したと伝わる。道真の没後にその神霊を合祀して社殿を造営し、天神宮となった。この霊験から「足の神様」として全国から崇敬を集め、江戸時代の文化・文政年間には大いに賑わった。御祭神は少彦名命と菅原道真公。

所在地
大阪府豊中市服部元町1丁目2-17
御祭神
少彦名命菅原道真
系統
天神
高知県学業成就開運

天満天神宮

てんまんてんじんぐう

高知県に鎮座する天神系の神社です。社格は神宮。学業成就・開運のご利益で知られます。

系統
天神
千葉県学業成就開運

天満天神宮

てんまんてんじんぐう

千葉県に鎮座する天神系の神社です。社格は神宮。学業成就・開運のご利益で知られます。

系統
天神
千葉県学業成就開運

天満天神宮

てんまんてんじんぐう

千葉県に鎮座する天神系の神社です。社格は神宮。学業成就・開運のご利益で知られます。

系統
天神

天神信仰の神社一覧

59件中1-20件を表示しています。

岐阜県学業成就

長良天神神社

ながらてんじんじんじゃ

岐阜市長良に鎮座する天満宮で、菅原道真を祀る。社伝によれば、承久年間に京都の北面の武士から美濃国の目代に任じられた斎藤帯刀左衛門尉親頼を祖とする斎藤氏が、崇敬していた京都・北野天満宮の神霊を氏神として勧請したのが始まりで、およそ800年前にさかのぼるという。寛正年間(1460〜1466)に斎藤利藤が本殿を造営し、天正16年(1588)には池田輝政が社壇を築いて寄進した。慶長年間の社殿再建後も修復と造替が重ねられ、現在の本殿は享和元年(1801)、拝殿は嘉永5年(1852)の建築である。江戸時代に長良が尾張藩領となると歴代藩主や支藩・高須藩主の崇敬を受け、長良三郷の惣社として庶民の信仰も集めた。約4,500坪の広い境内には、道真ゆかりの梅をはじめ多くの樹木が茂る。

所在地
岐阜県岐阜市長良1972-1
御祭神
菅原道真公
系統
天神
福島県学業成就

小平潟天満宮

こびらがたてんまんぐう

天暦2年(948年)の創建と伝わります。近江国の比良神社の神主が須磨で菅原道真の神像を得て旅を続けたところ、猪苗代湖の北岸まで来たときに神像が急に重くなって動かなくなったため、この地に社を建てて祀ったのが始まりとされます。祭神は菅原道真で、天神信仰の広がりとともに会津や仙道の領主・領民から厚い保護を受けて栄えました。現在の社殿は天和2年(1682年)に会津藩主松平正容によって造営されたものと伝えられ、流造の形式をとります。猪苗代湖畔の天神浜の松林に囲まれて建ち、磐梯山を望む立地にあります。学問の神を祀ることから、現在も合格祈願や学業成就を願う参拝者が多く訪れます。

所在地
福島県耶麻郡猪苗代町中小松西浜1615
御祭神
菅原道真
系統
天神
愛知県学業成就

北野天神社

きたのてんじんじゃ

承応3年(1654年)の創建と伝わる、菅原道真を祀る天神社です。尾張平野の北部にあたる江南市北野町に鎮座し、学業成就や合格祈願を願う人々の信仰を集めてきました。常駐の神職を置かない無住の神社ですが、1月と2月の日曜日、および毎月25日の月次祭には合格祈願などの祈祷が行われます。この神社を広く知らせているのが、昭和39年(1964年)に始まった筆まつりです。毎年1月中旬に行われ、長さ約4メートル、重さ約50キログラムの大筆を、厄年の男性と新入学児が御所車に載せて神社まで曳き回す大筆奉納行列が最大の見どころとなっています。境内にある石造りの大筆に願いを書くと字が上達するといわれ、書道や学業の上達を願う参拝者が訪れます。

所在地
愛知県江南市北野町天神8
御祭神
菅原道真
系統
天神
広島県学業成就

廿日市天満宮

はつかいちてんまんぐう

広島県廿日市市の篠尾山に鎮座する天満宮。承久2年(1220年)に藤原親実が厳島神社の神主として着任し、守護神として天神を祀ったことに始まり、天福元年(1233年)に鎌倉の荏柄天神を勧請して篠尾山に社殿を構えたと社伝は伝える。親実は厳島神社の造営のため鎌倉から多くの職人を伴っており、その子孫がこの地に定住したことが廿日市の町の発展の基礎になったとされる。慶安5年(1652年)には町民から寄進を集めて社殿が再建された。明治17年(1884年)の火災で社殿を焼失したが、明治22年(1889年)に再建され現在に至る。学問の神である菅原道真を祭神とすることから、合格祈願の参拝者が多い。

所在地
広島県廿日市市天神3-2
御祭神
菅原道真
系統
天神
兵庫県学業成就

東天神社

ひがしてんじんじゃ

兵庫県神社庁の由緒によれば、天平年間に行基が昆陽池をはじめ猪名野笹原一帯を開拓した際、その事業成就を祈願する場として設けられたと伝わる神社です。昆陽村の東の氏神にあたり、市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子の範囲としてきました。昆陽村にはもう一つの氏神として西天神社があり、東西で対をなしています。祭神の伊弉諾尊・伊弉冊尊は夫婦神で万物を生んだ祖神とされることから、息災延命長寿の信仰を集めてきました。境内手前には「左 中山 三田 小濱 有馬」「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれた角柱型の道標が立ち、本殿の背後には「庚申祭所」と刻まれた昆陽村の庚申碑の一つが祀られています。

所在地
兵庫県伊丹市昆陽4-1
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冊尊
系統
天神
大阪府商売繁盛金運

露天神社

つゆのてんじんしゃ

大阪キタの中心、梅田・曽根崎の総鎮守で、通称「お初天神」。社伝によれば、上古に大阪湾へ浮かぶ小島の一つであった現在地に「住吉須牟地曽根ノ神」を祀ったのが始まりで、古代難波の「難波八十島祭」旧跡の一社とされる。創建年代は定かでないが、八十島祭が文徳天皇の嘉祥3年(850年)まで遡り、6世紀の欽明天皇の頃には形が整っていたとされることから、当社の起源もその頃と推察されている。社名は、昌泰4年(901年)に大宰府へ左遷される途中の菅原道真が当地で詠んだと伝わる「露と散る涙に袖は朽ちにけり」の歌にちなむとされ、元和8年(1622年)の社殿再建の際に道真公が相殿に合祀された。元禄16年(1703年)に境内で起きた心中事件を題材に近松門左衛門が『曽根崎心中』を著したことから、主人公お初の名にちなむ通称で広く知られる。現社殿は昭和20年6月の戦災で焼失した後、昭和32年9月に再建されたもの。

所在地
大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
御祭神
大己貴大神、少彦名大神
系統
天神
愛知県学業成就

長草天神社

ながくさてんじんしゃ

愛知県大府市長草町に鎮座し、菅原道真を祀る。明応3年(1494)に地頭・藤田民部の邸内に祀られていた道真を、村の産土神として迎えたのが創建と伝えられる。この地がかつて英比(あぐい)ノ庄に属していたことから、道真の孫にあたる菅原雅規(英比丸)も御祭神として併せ祀っている。学問の神を祀ることから合格祈願の参拝者が多い。例祭の「どぶろくまつり」は室町時代から500年以上続く神事で、藤田民部が寄進した田の収穫米でどぶろくを造り、氏子や参拝者に振る舞ったのが起源とされる。寛文8年(1668)にどぶろく酒造を再開した記録が残り、現在も境内のどぶろく酒造所で6つの酒元組が輪番で醸造している。大府市の無形民俗文化財に指定され、境内には道真の歌碑と鷽替神事之碑がある。

所在地
愛知県大府市長草町本郷44
御祭神
菅原道真
系統
天神
東京都学業成就

亀戸天神社

かめいどてんじんしゃ

太宰府天満宮の神官で菅原道真公の末裔にあたる菅原大鳥居信祐が、正保3年(1646年)に神託を受けて飛梅の枝で天神像を刻み、天神信仰を広めるため諸国を巡ったのち江戸の本所亀戸村にたどり着き、村にあった天神の小さな祠に神像を祀ったのが始まりと伝えられる。四代将軍徳川家綱は明暦の大火からの本所復興事業に際して現在の社地を寄進し、寛文2年(1662年)10月25日、太宰府天満宮にならって社殿・回廊・心字池・太鼓橋が整えられた。古くは「東宰府天満宮」「亀戸宰府天満宮」とも呼ばれ、本社である太宰府天満宮に対して東国天満宮の宗社として崇敬を集めてきた。御祭神は天満大神(菅原道真公)で、相殿に菅原家の祖神である天菩日命を祀る。境内は梅・藤・菊の名所として知られ、季節ごとにまつりが催される。

所在地
東京都江東区亀戸3丁目6番1号
御祭神
天満大神、天菩日命
系統
天神
奈良県学業成就

高天彦神社

たかまひこじんじゃ

金剛山の東山麓に鎮座し、平安時代に編纂された『延喜式』において最高位の名神大社に列せられた古社。御祭神は古代豪族・葛城氏の最高神で、記紀神話のなかで出雲へ国譲りの使者を遣わすよう命じた高皇産霊神。ほかに市杵嶋姫命と菅原道真を祀る。神社の形態は古く、社殿の背後にそびえる白雲峰そのものを御神体とし、参道の両側には樹齢数百年という杉の巨木が立ち並んで神さびた雰囲気を漂わせる。一帯に広がる「高天」の台地は、記紀に登場する天孫降臨神話の舞台、すなわち神々が住んだとされる高天原の伝承地ではないかと言い伝えられてきた。

所在地
奈良県御所市北窪158
御祭神
高皇産霊神、市杵嶋姫命
系統
天神
京都府学業成就

旦椋神社

あさくらじんじゃ

式内小社で旧社格は村社。境内の由緒書によれば、養老4年(720年)の『日本書紀』に見える栗隈県の大溝(栗隈大溝)の東側、旦椋という地に古社として鎮座していたと伝えられるが、その社殿は天文19年(1550年)に焼失した。その後、永禄9年(1566年)に旧地の大久保町旦椋から天満天神が祀られていた現在地へ移されて再興されたことが、吉田兼右の『兼右卿記』に見える。延喜年間(901〜923年)に編纂された『延喜式』の神名帳に記載された延喜式内社の一つに数えられる。現在の御祭神は高皇産霊神と神皇産霊神の二柱に、遷座先で合祀された天満天神の菅原道真公を加えた三柱。本殿は延宝2年(1674年)の改築によるもので、京都府の登録有形文化財となっている。

所在地
京都府宇治市大久保町北ノ山109
御祭神
高皇産霊神、神皇産霊神
系統
天神
静岡県学業成就

高天神社

たかてんじんじゃ

掛川市南部にそびえる高天神山の山頂近くに鎮座する神社で、祭神は高皇産霊命・天菩比命・菅原道真公の三柱です。高天神城の略年表には913年に山頂へ宮柱が建てられたと記されており、古くからこの山が信仰の場であったことがうかがえます。戦国時代、この山には遠江支配の要とされた高天神城が築かれ、当社は城の守護を担う神社と位置づけられました。城は武田氏と徳川氏が繰り返し争奪した要衝で、天正9年(1581)の落城を経てのちに廃城となりますが、神社はそのまま山上に残り、周辺の人々の信仰を集め続けました。社名は「高天・神社」ではなく、菅原道真を祀る天神社を意味する「高・天神社」と解されています。近代社格制度では郷社に列しました。

所在地
静岡県掛川市上土方嶺向2650
御祭神
高皇産霊命、天菩比命
系統
天神
兵庫県学業成就

西天神社

にしてんじんじゃ

兵庫県伊丹市昆陽北に鎮座し、伊弉諾尊を主祭神、伊弉冊尊を配祀神として祀る。創立年代は明らかでないが、明治6年(1873)に村社へ列格したことが記録されている。国道171号に沿った一帯、住友電工の西側に広がる社叢の中に鎮座する。同じ昆陽の地には東天神社(伊丹市昆陽4-1)も鎮座しており、いずれも兵庫県神社庁の包括神社として登録されている。

所在地
兵庫県伊丹市昆陽北1-128
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冊尊
系統
天神
埼玉県学業成就

北野天満神社

きたのてんまんじんじゃ

埼玉県さいたま市岩槻区本宿に鎮座し、学問の神として知られる菅原道真を祀る。創建年代は明らかでないが、江戸時代後期に編まれた地誌『新編武蔵風土記稿』に記載があることから、遅くともその頃には成立していたと考えられる。本宿周辺の18軒の旧家によって祀られてきた村の鎮守で、明治6年(1873)の近代社格制度により村社に列した。明治44年(1911)の火災で社殿を焼失したが、昭和47年(1972)に北野天満宮から改めて分霊を勧請して再建され、現在に至っている。

所在地
埼玉県さいたま市岩槻区本宿327
御祭神
菅原道真
系統
天神
兵庫県学業成就

東天神社

ひがしてんじんじゃ

伊丹市の昆陽(こや)に鎮座し、昆陽村の東の氏神として崇敬されてきた神社。社伝では天平年間(729〜749年)に僧・行基が昆陽池と周辺の原野を開いた際、事業成就を祈願して創建されたと伝わる。昆陽村には東西二つの天神社があり、当社は市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子域とし、西天神社と対をなしていた。祭神は伊弉諾尊と伊弉冊尊で、万物を生み出した祖神として信仰を集める。門前には角柱型の道標が立ち、南面に「左 中山 三田 小濱 有馬」、西面に「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれ、有馬へ向かう街道の分岐点であったことを今に伝える。本殿の背後には昆陽村の庚申碑の一つも祀られており、これらの石造品は伊丹市の文化財として紹介されている。現在の本殿は1970年(昭和45年)に鉄筋コンクリート銅板葺で改築されたもの。

所在地
兵庫県伊丹市昆陽4丁目1番地
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冊尊
系統
天神
東京都学業成就

布多天神社

ふだてんじんしゃ

社伝では第十一代垂仁天皇の御代の創建と伝え、延長5年(927)成立の『延喜式』神名帳に武蔵国多摩郡の式内社として名を連ねる多摩地方有数の古社である。当初は少名毘古那神一柱を祀っていたが、文明9年(1477)に多摩川の洪水を避けて「古天神」と呼ばれる旧地から現在地へ遷り、そのとき菅原道真公を配祀した。江戸時代に甲州街道が整備されると上石原・下石原・上布田・下布田・国領の五宿が成立し、当社はその総鎮守として「五宿天神」と崇められた。明治22年(1889)に布田五宿が飛田給・上ヶ給と合併して調布町となってからは、調布町の総鎮守となっている。境内には豊臣秀吉が発した「太閤の制札」が伝わる。

所在地
東京都調布市調布ヶ丘1-8-1
御祭神
少名毘古那神、菅原道真公
系統
天神
大阪府学業成就商売繁盛

堀川戎神社

ほりかわえびすじんじゃ

欽明天皇の御代(539〜571)、止美連吉雄が蛭子大神の神託を受けて堀江で玉を得、これを御霊代として富島に祀った瓊見社・止美社が創祀と伝わる。白雉2年(651)に少彦名命、大宝3年(703)に天太玉命を相殿に祀り御祭神三座となった。平治の乱(1159)を避けて丹波国山家に動座したが、文和年間(1352〜55)に現在地へ遷座再興された。江戸時代中期からは「十日戎」が年々盛大となり、「ミナミの今宮、キタの堀川」と並び称され「堀川のえべっさん」と親しまれてきた。明治40年(1907)に数社を合併して堀川神社となり村社に列格。昭和20年の戦災で全建物を焼失したが順次復興し、昭和38年に現在の本殿が再建された。

所在地
大阪府大阪市北区西天満5丁目4-17
御祭神
蛭児大神(蛭子大神)、少彦名命
系統
天神
東京都学業成就

谷保天満宮

やぼてんまんぐう

昌泰4年(901)に菅原道真が大宰府へ左遷された際、三男・道武は武蔵国多摩郡に配流された。延喜3年(903)、父の死を知った道武が父を偲んでその姿を刻み祀ったのが創建と伝わる。947年には村上天皇の勅命により神殿が建立されて官社に列し、1181年に道武の子孫・津戸三郎為守が社殿を現在地に移した。東日本最古の天満宮とされ、湯島天神・亀戸天神と並ぶ関東三天神に数えられる。1885年に府社に昇格。明治41年(1908)には有栖川宮威仁親王の先導によるわが国初の自動車遠乗会の目的地となり、日本初のガソリン自動車「タクリー号」も加わったことから「交通安全祈願発祥の地」としても知られる。境内の梅林では毎年2月に梅まつりが開かれる。

所在地
東京都国立市谷保5209
御祭神
菅原道真
系統
天神
神奈川県勝負運厄除け

鶴嶺八幡宮

つるみねはちまんぐう

長元3年(1030)、源頼義が下総の乱平定に際し、懐島郷(現在の茅ヶ崎)に石清水八幡宮を勧請したのが創祀と伝わり、源氏が関東進出の第一歩として祀った最初の氏神社とされる。康平6年(1063)に頼義が鎌倉に鶴岡八幡宮の前身を建立すると、当宮は「本社八幡宮」と呼ばれた。弘安4年(1281)の蒙古襲来に際しては退散の祈祷が行われ、これにちなむ「晦日祭」が例祭として伝わった。江戸時代には徳川幕府から朱印地の寄進を受け、昭和9年(1934)に郷社に列格。祭神は応神天皇・仁徳天皇・佐塚大神で、菅原道真を合祀する。

所在地
〒 253-0086神奈川県茅ヶ崎市浜之郷462
御祭神
応神天皇、仁徳天皇
系統
八幡
埼玉県学業成就

北野天神社

きたのてんじんじゃ

社伝では景行天皇40年、日本武尊が東征の折に天神の櫛玉饒速日命と地祇の八千矛命を祀ったのが始まりとされ、物部天神社・國渭地祇神社として延喜式神名帳に載る古社(登記上の法人名は物部天神社・國渭地祇神社・天満天神社で、北野天神社はその総称)。長徳元年(995)には菅公五世の孫・武蔵国司菅原修成が勅命を奉じ、京都の北野天満宮から菅原道真公の分霊を関東以東で最初に勧請して「坂東第一北野天満宮」と称し、これが「北野」の地名の由来と伝わる。源頼義・義家が社殿を建立、建久6年(1195)には源頼朝が諸神堂を建立したほか、天正18年の前田利家による再興、徳川家康以降の歴代将軍からの朱印状拝領など武家の崇敬が厚かった。明治34年(1901)、埼玉県でも有数の古社であることから県社に列格。室町時代の「北野天神縁起」7幅は埼玉県指定文化財。

所在地
埼玉県所沢市小手指元町3-28-44
御祭神
櫛玉饒速日命、八千矛命
系統
天神
滋賀県学業成就安産

阿志都弥神社・行過天満宮

あしずみじんじゃ ゆきすぎてんまんぐう

阿志都弥神社は、社殿がなかった上古にこの地の桜の木に木花開耶姫命を勧請し「桜花大明神」と称して祭祀を行ったのが始まりと伝わる式内社で、善積郷の総大社とされた。行過天満宮は、元慶7年(883)に菅原道真が加賀守として赴任する途中に阿志都弥神社へ参詣し、詩を詠んで通り過ぎたという由緒により、道真の曽孫・菅原輔正が長徳4年(998)に「行過天満大神」として勧請建立したものと伝わる。天保14年(1843)に行過天満宮が阿志都弥神社に合祀され、以後両社名を併せて称する。明治14年(1881)に郷社に列した。境内の椎の木は樹齢千数百年ともいわれ、滋賀県指定の自然記念物となっている。

所在地
滋賀県高島市今津町弘川1707-1
御祭神
木花開耶姫命、菅原道真公
系統
天神

天神信仰に関連するご利益一覧

天神信仰の神社一覧から、よく紐づくご利益をまとめています。

よくある質問

天神信仰についての疑問に答えます。

天満宮は受験生だけが参拝する神社ですか?

受験生に限らず、資格取得、研究、仕事での学び直し、芸事の上達など、学問や技能の向上を願う人に広く参拝されています。

撫で牛にはどんな意味がありますか?

天満宮の牛は菅原道真公と縁が深い神使です。自分のよくなりたい部分や頭を撫でて、学業成就や身体健全を願う習慣があります。

合格祈願はいつ行くのがよいですか?

年明けから試験直前にかけて参拝する人が多いですが、時期に決まりはありません。願掛け後も学びを続け、合格後にお礼参りをするのが丁寧です。