由緒
医薬・まじないの神である少彦名命を主祭神とし、大己貴命や菅原道真公など計7柱を祀る。『伯耆国風土記』逸文に「粟嶋」の名が見える古くからの信仰の山で、少彦名命が粟の穂にはじかれて常世の国へ渡ったという故事が社名の由来と伝わる。かつては海に浮かぶ島だったが、江戸時代中頃に陸続きとなった。神功皇后や後醍醐天皇の祈願伝承が残り、戦国時代には尼子氏の寄進を受け、江戸時代には米子城主の崇敬を受けた。永正年間に焼失し大永4年(1524)に再建、明治初年に現社名に改称した。山麓には人魚の肉を食べて八百歳まで生きたと伝わる八百比丘尼の伝説が残る。