由緒
会津藩初代藩主・保科正之公を祀る神社。正之公は二代将軍徳川秀忠の子(家光の異母弟)で、家光・家綱を補佐し、文治政治への転換を進めて会津藩政の基礎を築いた。寛文11年(1671)に神道家・吉川惟足から霊号「土津」を奉られ、寛文12年(1672)に自ら猪苗代の見禰山を墓所と定めて同年12月に江戸で没し、遺言により当地に葬られた。延宝3年(1675)に社殿が落成し、その荘厳さは「東北の日光」と称されたが、戊辰戦争で焼失。明治13年(1880)に再建されたのが現在の社殿である。こどもと出世の神として信仰される。