由緒
正式名称は南方神社で、鎮座地の地名から波留南方神社とも呼ばれる。信濃の諏訪大社の流れをくむ諏訪系の社で、地元では「お諏訪様」と通称される。社伝では、阿久根5代領主の莫祢兵衛尉成友が、旧領である薩摩国高江郷雲田に鎮座していた諏訪社を暦応年間(1338〜1342年)にこの地へ勧請したのが始まりとされ、かつて神領は1町5反に及んだという。莫祢院司系の平兼次が大願主となって長禄2年(1458年)卯月17日銘の神鏡を寄進したと伝え、『阿久根市誌』によれば再興の棟札には天文16年(1547年)の年紀が記されている。明治に社名を諏訪から南方へ改めた。旧社格は無格社。