Shrine

波留南方神社はるみなみかたじんじゃ

鹿児島県に鎮座する神社です。御祭神は建御名方命。開運のご利益で知られます。

由緒

正式名称は南方神社で、鎮座地の地名から波留南方神社とも呼ばれる。信濃の諏訪大社の流れをくむ諏訪系の社で、地元では「お諏訪様」と通称される。社伝では、阿久根5代領主の莫祢兵衛尉成友が、旧領である薩摩国高江郷雲田に鎮座していた諏訪社を暦応年間(1338〜1342年)にこの地へ勧請したのが始まりとされ、かつて神領は1町5反に及んだという。莫祢院司系の平兼次が大願主となって長禄2年(1458年)卯月17日銘の神鏡を寄進したと伝え、『阿久根市誌』によれば再興の棟札には天文16年(1547年)の年紀が記されている。明治に社名を諏訪から南方へ改めた。旧社格は無格社。

波留南方神社は何の神様?

波留南方神社の御祭神は建御名方命です。

建御名方命

諏訪大社の主祭神。武運・狩猟・農業の神。全国の諏訪神社に祀られる。 代表的な神社としては諏訪大社 上社本宮、諏訪大社 下社秋宮、諏訪大社(上社本宮)などが挙げられます。 信仰の中心は長野の諏訪大社で、上社本宮・下社秋宮をはじめ全国の諏訪神社に広がりました。

例大祭

例祭は旧暦7月28日。8年に一度、この日に鹿児島県指定無形民俗文化財の「神舞」が奉納されます。稚児による露払に始まり、神降し・瓶舞・弓舞・剣舞・田の神舞・将軍舞・鬼神舞から成ります。

波留南方神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

山口県勝負運厄除け

住吉神社

すみよしじんじゃ

長門国一宮で、大阪の住吉大社、博多の住吉神社と並ぶ「日本三大住吉」の一社。社伝では、神功皇后が三韓出兵の折に住吉大神から「吾が荒魂を穴門の山田村に祀れ」という神誨を受けて創祀したと伝え、住吉三神の荒魂を祀るのが大きな特色である。相殿に応神天皇・武内宿禰命・神功皇后・建御名方命を祀る。『延喜式』神名帳には名神大社として載る。本殿は応安3年(1370年)に大内弘世が造進したもので、五つの社殿を檜皮葺の

所在地
山口県下関市一の宮住吉一丁目11-1
御祭神
住吉三神、応神天皇
系統
八幡
鹿児島県開運

枚聞神社

ひらききじんじゃ

薩摩国一宮。社伝では創祀は遠く神代に遡るとされ、『日本三代実録』には貞観2年(860年)に薩摩国従五位下開聞神として記載がある。主祭神は大日孁貴命で、あわせて計9柱を祀る。開聞岳の北麓に鎮座し、古くから交通・航海の安全と漁業の守護神として崇敬を集めた。中世以降は島津氏歴代藩主の信仰を受けて社殿の修理・再建がたびたび行われ、琉球王からも航海安全の神徳に対して奉謝が寄せられたと伝える。明治4年に国幣小

所在地
鹿児島県指宿市開聞十町1366
御祭神
大日孁貴命
埼玉県開運

芳川神社

よしかわじんじゃ

埼玉県吉川市平沼に鎮座する、吉川の総鎮守です。社伝では鎌倉時代初期の文治3年(1187年)、この地を治めた武士団の吉川氏が古くからの土着神を氏神の諏訪神社として再興したことに始まるとされます。主祭神は武勇や風雨、農耕・開拓の守護神である建御名方命で、相殿に経津主命と愛梁大神を祀ります。江戸期には香取社を相殿として平沼村の鎮守となりました。現在の拝殿は嘉永3年(1850年)の再建、本殿は明治42年(

所在地
埼玉県吉川市平沼315-1
御祭神
建御名方命、経津主命
長野県開運

武井神社

たけいじんじゃ

創立年代は明らかでないが、持統天皇5年頃の創建とする口伝が残る。社名の由来には、諏訪大社の社領であった武井と同じ祭神を祀ることによるとする説と、神官の武居祝一族が奉斎したことによるとする説がある。古くは武井明神・諏訪明神と呼ばれ、現在の社名となったのは文化4年(1807年)。善光寺表参道の東側19か町を氏子とし、妻科神社・湯福神社とともに善光寺三鎮守(善光寺三社)に数えられ、善光寺七社の一社でもあ

所在地
長野県長野市大字長野東町186-2
御祭神
建御名方命、八坂刀売命