由緒
埼玉県吉川市平沼に鎮座する、吉川の総鎮守です。社伝では鎌倉時代初期の文治3年(1187年)、この地を治めた武士団の吉川氏が古くからの土着神を氏神の諏訪神社として再興したことに始まるとされます。主祭神は武勇や風雨、農耕・開拓の守護神である建御名方命で、相殿に経津主命と愛梁大神を祀ります。江戸期には香取社を相殿として平沼村の鎮守となりました。現在の拝殿は嘉永3年(1850年)の再建、本殿は明治42年(1909年)の建立と伝えられ、拝殿の軒下には方位を示す十二支の彫刻が施されています。明治6年に村社に列格し、明治41年から大正2年にかけて地内の34社を合祀したのを機に社号を芳川神社へ改めました。境内には八坂神社・稲荷神社・松尾神社・吉川天満宮・古峯神社などが並び、社殿の前後にタブノキと大クスが立ちます。裏手には旧下妻街道が通り、一帯はかつて沼地で、平沼の地名もその地形に由来するといわれます。