Shrine

泉穴師神社いずみあなしじんじゃ

大阪府に鎮座する神社です。御祭神は天忍穂耳尊、栲幡千千姫命。開運のご利益で知られます。

由緒

大阪府泉大津市の「穴師の里」に鎮座する式内社で、和泉五社の一社、和泉国の二ノ宮として広く崇敬を集めてきた。公式の由緒によれば御鎮座は天武天皇の白鳳元年で、およそ1350年の歴史をもつ。主祭神は農業の神・天忍穂耳尊と、紡織の神・栲幡千々姫命の夫婦二柱で、泉州の地が農耕と紡織によって栄えてきたのは両神の御神徳によるとされる。歴代天皇の崇敬が篤く、正倉院文書によれば聖武天皇が和泉国五社大明神へ社領を下賜した際、当社は大鳥神社とともに千三百石を賜った。天正3年(1575年)10月20日には織田信長から社領安堵の朱印状を受けている。古くから幼児の虫封じに霊験があるとも伝えられる。本殿は豊臣秀頼の造営によるもので、摂社の春日社・住吉社とともに国の重要文化財に指定されている。

基本情報

この神社について

御祭神
天忍穂耳尊栲幡千千姫命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
大阪府泉大津市豊中町1丁目1-1
アクセス
JR阪和線の和泉府中駅から徒歩約16分、南海本線の泉大津駅から徒歩約23分。
開門時間
定休日はなく、境内は参拝自由。
駐車場
境内に無料駐車場が7台分ある(祭典・行事の都合により利用が制限・変更される場合がある)。

公式情報・問い合わせ

電話番号
0725-32-2610

例大祭

10月10日

年間行事

1月1日の歳旦祭、1月9日から11日の戎まつり(宵戎・本戎・残福)、1月15日のとんど焼、4月5日の春季大祭、6月の夏越大祓(茅の輪くぐり)、7月の夏宮祭、11月の栲幡祭、12月の冬宮祭などを斎行する。秋季大祭では地車(だんじり)や神輿が巡行し、蒸した白米や餅米を盤に盛って神輿に供える「飯の山神事」が行われる。

よくある質問

泉穴師神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

泉穴師神社の開門時間はいつですか?

定休日はなく、境内は参拝自由。

泉穴師神社の例大祭はいつですか?

10月10日

泉穴師神社にはどのような年間行事がありますか?

1月1日の歳旦祭、1月9日から11日の戎まつり(宵戎・本戎・残福)、1月15日のとんど焼、4月5日の春季大祭、6月の夏越大祓(茅の輪くぐり)、7月の夏宮祭、11月の栲幡祭、12月の冬宮祭などを斎行する。秋季大祭では地車(だんじり)や神輿が巡行し、蒸した白米や餅米を盤に盛って神輿に供える「飯の山神事」が行われる。

泉穴師神社の公式情報はどこで確認できますか?

泉穴師神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

泉穴師神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

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大阪府開運

弥栄神社

やえいじんじゃ

岸和田市北部の春木地区に鎮座する神社。社地は洪積台地の先端部を覆う砂丘の上にあり、古くから八幡山と呼ばれてきた。創建の年代や由緒は明らかでないが、室町時代後期の天文年間(1532〜1555年)にはすでに神社としての形を整えていたと伝えられる。主祭神は素盞嗚尊。現在は春木地区の氏神として崇敬を集めており、毎年9月に行われる岸和田のだんじり祭では、春木地区のだんじりが当社へ宮入りする。祭礼の日は境内が

所在地
大阪府岸和田市八幡町13-25
御祭神
素盞嗚尊
静岡県開運

須倍神社

すべじんじゃ

浜松市北部の都田に鎮座し、内宮と外宮の二棟の本殿を並べて祀る神明社です。延喜式神名帳の遠江国引佐郡にみえる「須倍神社」に比定される式内社で、一帯は伊勢神宮の御厨として開けた土地でした。祭神は内宮に天照皇大神、外宮に豊受姫大神を祀り、伊勢の神宮を勧請したものと考えられています。創建については仁和3年(887年)の建宮と伝え、延喜2年(902年)に上社・下社の両社を現在地へ遷して神明宮あるいは須倍神社

所在地
静岡県浜松市浜名区都田町6284
御祭神
天照皇大神、豊受姫大神
大阪府開運

蒲田神社

かまたじんじゃ

大阪市淀川区東三国に鎮座する氏神社。社伝では南北朝時代、この地の有力者であった佛生院又三郎が播磨国室津の「室の明神」の分霊を迎え、村の鎮守として祀ったことに始まると伝わる。あわせて、上賀茂社の分霊を船で室の宮へ移す途中につむじ風に遭い、この地で風待ちをした縁で当社にも勧請したという古伝も残る。祭神は食物と稲を司る宇賀御魂神と、雷除け・厄除けの神である別雷神。明治5年(1872年)に村社に列し、明治

所在地
大阪府大阪市淀川区東三国2-18-12
御祭神
宇賀御魂神、別雷神
大阪府開運

星田神社

ほしだじんじゃ

創建年代は詳らかでない。社伝によれば、古く境内に一本の大杉があり、そこに交野物部氏の祖神である饒速日命を「交野大明神」として祀ったのが起こりとされる。天文4年(1535年)の奥書をもつ神名帳に交野大明神の名が見え、正平21年(1366年)銘の石塔も伝わっていたという。宝永年間(1704〜1711年)に磐船神社から住吉四神の神霊が遷され、現在の本殿が建立された。以後は底筒男命・中筒男命・表筒男命と神

所在地
大阪府交野市星田2丁目5-14
御祭神
底筒男命、中筒男命