由緒
松前藩の始祖・武田信廣を祀る神社。松前家は当初「松世祠」を設けて信廣以下歴代の神霊を祀っていたが、蝦夷地開拓の礎を築いた信廣の功績をしのぶ旧藩士や庶民の間で神社創立の声が上がり、明治12年(1879)から開拓使へ出願した。明治14年(1881)2月8日に許可を得て、旧福山城北の丸跡を境内に社殿を建て、信廣一柱を祀って松前神社と称した。大正4年(1915)の御大典の際には創立時の社殿の傷みが著しかったことから、函館支庁長の河毛三郎が頌徳会を組織して神社の興隆を図り、大正7年(1918)5月6日に無格社から県社へ昇格した。現在の社殿は大正9年に改築に着手し、同11年(1922)に完成したもの。社宝に明和3年(1766)の神輿や来国俊の太刀があり、特殊神事として松前神楽と鎮釜湯立神事が伝わる。