Shrine

帯廣神社おびひろじんじゃ

北海道に鎮座する神社です。御祭神は大國魂神、大那牟遲神、少彦名神。開運のご利益で知られます。

由緒

明治16年(1883年)、静岡県松崎出身の依田勉三らが晩成社を組織してオベリベリ(現在の帯広)へ入植し、同18年から祭礼(天王祭)を営んだことが創祀と伝えられる。明治42年に社殿造営の議が起こり、町内会議を経て現在地への創立が決まった。翌43年に仮殿を造営し、同年9月24日に札幌神社(現在の北海道神宮)から御霊代を迎えて鎮斎した。以来この日が例祭日となっている。大正7年に郷社、昭和5年に県社へ昇格し、昭和51年には別表神社に加列された。祀るのは北海道開拓の守り神とされる開拓三神で、十勝平野の開拓の歩みとともに歩んできた社である。

基本情報

この神社について

御祭神
大國魂神大那牟遲神少彦名神
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
北海道帯広市東3条南2丁目1番地
アクセス
JR帯広駅から車で約8分、徒歩では約28分。帯広駅バスターミナルからバスに約11分乗車し、下車後徒歩約7分。とかち帯広空港からは車で約35分。
受付時間
授与所は9時から17時まで無休で開いており、御祈祷の受付は9時から16時20分までです。
駐車場
駐車場があります。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
www.obihirojinja.jp
電話番号
0155-23-3955

例大祭

例祭は9月24日。明治43年に札幌神社から御霊代を迎えた日にちなんで定められました。

年間行事

元日の午前8時30分頃には帯広畜産大学馬術部による馬上参拝があり、人馬の健康と活躍を祈願します。昭和18年から続く恒例行事です。秋分の日(9月23日)にはどさんこ流鏑馬が行われ、6月30日から8月15日までの夏詣期間には境内に五十鈴の風鈴が飾られます。花手水も年に数回、期間を限って公開されます。

よくある質問

帯廣神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

帯廣神社で御朱印はいただけますか?

御朱印は書置きでの授与です。雪の結晶の文様の和紙に押されたものや、シマエナガをかたどった型抜き御朱印があります。

帯廣神社の受付時間はいつですか?

授与所は9時から17時まで無休で開いており、御祈祷の受付は9時から16時20分までです。

帯廣神社の例大祭はいつですか?

例祭は9月24日。明治43年に札幌神社から御霊代を迎えた日にちなんで定められました。

帯廣神社にはどのような年間行事がありますか?

元日の午前8時30分頃には帯広畜産大学馬術部による馬上参拝があり、人馬の健康と活躍を祈願します。昭和18年から続く恒例行事です。秋分の日(9月23日)にはどさんこ流鏑馬が行われ、6月30日から8月15日までの夏詣期間には境内に五十鈴の風鈴が飾られます。花手水も年に数回、期間を限って公開されます。

帯廣神社の公式情報はどこで確認できますか?

帯廣神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

帯廣神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

北海道開運

三吉神社

みよしじんじゃ

明治11年(1878)、秋田県出身の木村藤吉が郷里の太平山三吉神社(秋田市)の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まる。翌明治12年(1879)4月、当時の渡島通121番地(現在の中央区南1条西8丁目)へ遷座した。毎月8日に小祭を営み、例大祭は当初5月8日と定められたが、大正13年(1924)に三代目宮司・佐藤桂が5月15日へ改めている。昭和5年(1930)には県社に昇格した。開拓・医薬の神である

所在地
北海道札幌市中央区南1条西8丁目17番地
御祭神
大己貴神、少彦名神
北海道縁結び開運

北海道神宮

ほっかいどうじんぐう

北海道神宮は大国魂神・大那牟遅神を祀る神社。開運・金運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
北海道札幌市中央区宮ケ丘474
御祭神
大国魂神、大那牟遅神
北海道縁結び開運

旭川神社

あさひかわ じんじゃ

旭川市東旭川に鎮座し、明治26年(1893)に旭川屯田兵が村の神社として創建した。伊勢神宮から御分霊を受けた天照大御神を主祭神とし、木花咲耶姫命を相殿に祀る。

所在地
北海道旭川市東旭川南1条6丁目8-14
御祭神
天照大御神、木花開耶姫命
系統
出雲
北海道開運

松前神社

まつまえじんじゃ

松前藩の始祖・武田信廣を祀る神社。松前家は当初「松世祠」を設けて信廣以下歴代の神霊を祀っていたが、蝦夷地開拓の礎を築いた信廣の功績をしのぶ旧藩士や庶民の間で神社創立の声が上がり、明治12年(1879)から開拓使へ出願した。明治14年(1881)2月8日に許可を得て、旧福山城北の丸跡を境内に社殿を建て、信廣一柱を祀って松前神社と称した。大正4年(1915)の御大典の際には創立時の社殿の傷みが著しかっ

所在地
北海道松前郡松前町字松城145