由緒
創建年代は不詳で、古くは「佐々禮石神社」と表記された旧村社。鎮座する三雲の地は魏志倭人伝にみえる伊都国の中心部と推定されており、神社の西側には伊都国の王と后の墓とみられる国史跡・三雲南小路遺跡がある。元禄8年(1695年)の「細石神社御縁起」によれば、かつては神田も多い大社であったが、たびたびの兵乱で社殿を焼失し、さらに天正15年(1587年)の豊臣秀吉による太閤検地で神田を没収されて衰退したという。祭神は姉妹神とされる磐長姫命と木之花開耶姫命の二柱で、磐長姫命は妹とともに瓊瓊杵尊に嫁いだものの退けられたと記紀に語られる神である。鳥居の脇には「村社 細石神社」の石柱が立つ。