由緒
桓武天皇の弟・早良親王を祭神とする。親王は藤原種継暗殺事件に連座して廃太子となり、淡路へ配流される途上で没した。その後、都で疫病や近親者の不幸が相次いだことが親王の祟りとされ、鎮魂のために当社が創建されたと伝わる。創建年は詳らかでないが、御霊信仰が広まった貞観年間(859〜877)頃とされる。鎌倉から室町期にかけて周辺の廃絶した社を合わせ、上高野一帯の産土神となり、江戸時代には「高野御霊」と呼ばれた。明治41年(1908)には式内社・伊多太神社を境内へ遷座し、大正4年(1915)には出雲高野神社と小野神社を再興して合祀している。崇道天皇のみを祭神とする神社としては京都で唯一とされる。