Shrine

台湾神宮たいわんじんぐう

台湾に鎮座する神社です。社格は神宮。開運のご利益で知られます。

由緒

台湾神宮は、日本統治時代の台北・剣潭山周辺(現在の円山一帯)に鎮座した神社で、もとは台湾神社として創建された。明治28年(1895年)、日清戦争の結果日本に割譲された台湾の平定にあたっていた北白川宮能久親王が、台南でマラリアにより薨去したことを受け、貴族院で国費による神社建設が発議され、能久親王を祭神として祀ることになった。1900年(明治33年)に官幣大社として認可され、翌1901年に鎮座式が執り行われた。昭和19年(1944年)には天照大神が増祀され、社名も「台湾神宮」へと改められた。太平洋戦争終結後の1945年、日本の統治終了とともに廃止され、社殿は失われた。跡地には1952年、迎賓施設として台湾大飯店(後の圓山大飯店、現グランドホテル台北)が建てられ、社殿にあった銅製の龍の装飾が同ホテル内に今も伝わっているという。

基本情報

この神社について

ご利益
開運
社格
神宮

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近隣神社

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台湾開運

高士神社

くすくすじんじゃ

台湾南部、パイワン族の集落である高士村に鎮座します。日本統治時代の1939年(昭和14年)、当時の高雄州恒春郡蕃地クスクス社に祠として鎮座したのが始まりで、天照皇大神を祀り集落の人々の信仰を集めました。戦時中には出征する若者の武運を祈る場ともなっています。戦後は社殿が失われて廃絶しましたが、2015年に日本の神職の尽力によって社殿が再建され、翌2016年には鳥居が奉納されました。2018年には台湾

所在地
台湾 屏東県牡丹郷高士村
御祭神
天照皇大神、高士佛戦没之霊神
韓国開運

扶余神宮

ふよじんぐう

日本統治下の朝鮮・忠清南道扶余郡扶余面に造営が計画された神社で、昭和14年(1939)6月15日に官幣大社として創立が公示された。扶余は百済最後の都・泗沘が置かれた地であり、朝鮮総督府はここを「神都」として整備する構想を掲げていた。祭神には応神天皇・斉明天皇・天智天皇・神功皇后が予定され、いずれも三韓征伐伝承や白村江の戦いなど古代の朝鮮半島との関わりで語られる存在である。昭和18年(1943)の鎮

所在地
大韓民国忠清南道扶余郡扶余邑(日本統治期の朝鮮忠清南道扶余郡扶余面。造営予定地)
韓国開運家内安全

朝鮮神宮

ちょうせんじんぐう

朝鮮神宮は、日本統治下の京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山に鎮座していた神社である。1919年に「朝鮮神社」として創立が仰せ出され、建築家・伊東忠太の設計により1920年から6年をかけて社殿が造営された。祭神には天照大神と明治天皇が祀られたが、創建に先立っては朝鮮の地の神や偉人を祀るべきとする檀君奉斎論も議論されたと伝わる。1925年6月に「朝鮮神宮」へと改称されて官幣大社に列せられ、同年

所在地
朝鮮京畿道京城府南山現・大韓民国ソウル特別市龍山区厚岩洞30-65
御祭神
天照大神、明治天皇
系統
伊勢・神明
中国開運

関東神宮

かんとうじんぐう

中国に鎮座する神社です。社格は神宮。開運のご利益で知られます。