社格

神宮の神社

皇室や国家祭祀と関わりの深い社号。

神宮とは

神宮は、皇室や国家祭祀との関わりが深い神社に用いられる重い社号です。伊勢神宮を筆頭に、熱田神宮、明治神宮、平安神宮など、歴史・祭神・創建背景に大きな意味を持つ神社が並びます。

同じ神宮でも性格は一様ではありません。皇祖神を祀る神宮、歴代天皇を祀る神宮、国家的な由緒を持つ神宮など、背景を見比べると神社ごとの役割が分かりやすくなります。

参拝のポイント

神宮では、個人の願いに加えて日々の感謝や社会の安泰を伝える参拝が自然です。境内が広い神社も多いため、正式参拝や御祈祷を受ける場合は受付時間を事前に確認しておくと安心です。

神宮の神社一覧

54件中1-20件を表示しています。

熊本県開運

新開大神宮

しんかいだいじんぐう

文安元年(1444年)、伊勢神宮を篤く信仰していた太田黒孫七郎が天照大神の託宣を受け、翌文安2年(1445年)に伊勢の神を当地へ勧請して創建したと伝わる。孫七郎は菊池氏六代隆直の末裔とされ、伊勢へ足しげく参宮したことから「飛行孫七郎」と呼ばれた逸話が残る。天正年間(1573〜1592年)に佐々成政によって社殿が焼かれたが、のちに加藤清正が再興して崇敬を寄せ、細川家の代になると手厚い保護を受けた。幕末には思想家の林桜園がこの宮を深く崇敬し、宮部鼎蔵ら門下生も信仰を注いだ。敬神党(神風連)の首領・太田黒伴雄が祠官太田黒伊勢守に入婿して神主を務め、神風連の変の挙兵にあたって神意を問う宇気比が行われた社でもある。境内には伴雄が身を清めたと伝わる「みそぎの井戸」が残る。旧社格は郷社で、地元では「伊勢宮さん」と親しまれている。

所在地
熊本県熊本市南区内田町1266
御祭神
天照大神、豊受大神
茨城県開運

村松大神宮

むらまつだいじんぐう

社伝では和銅元年(708年)4月7日の創立と伝えられます。飛鳥時代、平磯前浦の巨巌から怪しい光が発したことにちなみ、伊勢の大神をこの地に奉斎したのが起こりとされ、「茨城のお伊勢さま」と呼ばれてきました。平安時代の康平3年(1060年)には源頼義・義家父子が社殿を造営したと伝わり、室町時代の永享7年(1435年)には戦乱を避けて神璽が遷されています。江戸時代には徳川幕府から寄進を受け、元禄年間に再興されて水戸藩主の参拝もありました。近代以降も地域と深く関わり、昭和31年(1956年)以降は日本原子力研究所への用水分水に協力しています。

所在地
茨城県那珂郡東海村村松1番地
御祭神
天照皇大神、天手力男神
神奈川県開運家内安全

皇大神宮

こうたいじんぐう

神奈川県藤沢市鵠沼神明に鎮座し、天照皇大神を主祭神に、相殿として天手力男命・天太玉命・天児屋根命・天宇受売命・石凝刀売命を祀る。淳和天皇の天長9年(832年)に社殿を造立した記録が残り、勧請の時期はさらに遡ると考えられている。延喜式が撰進された醍醐天皇の頃には、藤沢・西富・大鋸・鵠沼・辻堂などを含む相模国土甘郷の総社とされ、「相模国土甘郷総社神明宮」と称された。長治元年(1104年)に鎌倉権五郎景政が所領の大庭荘を伊勢神宮へ寄進して大庭御厨が成立すると、その広大な神領の総鎮守と定められ、いっそう篤い崇敬を受けた。寿永3年(1184年)には那須与一宗高が屋島で扇の的を射た弓と残りの矢を奉納したと伝わる。社殿は天喜3年(1055年)・元亨2年(1322年)・天正13年(1585年)・昭和60年と造営を重ねている。

所在地
神奈川県藤沢市鵠沼神明2-11-5
御祭神
天照皇大神、他5柱
系統
伊勢・神明
三重県商売繁盛金運

大津神社

おおつじんじゃ

伊勢神宮外宮(豊受大神宮)の末社の一社。外宮には末社が八社あり、そのひとつにあたる。祭神は葦原神。伊勢神宮崇敬会の解説によれば五十鈴川の河口を守る神とされ、港口の潮の神であることが社名からうかがえるという。現在は外宮境内の北御門側の参道から脇道へ入り、摂社・度会国御神社の先に鎮座する。神宮125社をめぐる参拝の一社として訪れる人が多い。

所在地
三重県伊勢市豊川町
御祭神
葦原神
系統
伊勢・神明
熊本県開運

宮原三神宮

みやはらさんじんぐう

八代平野の北部、氷川町宮原に鎮座する旧郷社。伊勢神宮内宮の天照皇大神、近江日吉社の国常立尊、山城下鴨社の神武天皇の三神を祀ることから三神宮と称する。社伝では平治元年(1159年)、二条天皇の勅命を受けた平重盛が平盛俊に命じて社殿の造営を始め、応保元年(1161年)に落成、盛俊の弟盛房が社司となって神霊を勧請したと伝え、当初は三宮社と呼ばれた。天正16年(1588年)にキリシタン大名小西行長の焼き討ちで社殿を失うが、慶長年間に加藤清正によって復興され、その後は細川氏の保護を受けた。現在の社殿は天保10年(1839年)の造営である。明治の神仏分離により別当の神蔵寺を廃して社号を宮原三神宮と改め、八代北部一帯の総鎮守として崇敬されてきた。

所在地
熊本県八代郡氷川町宮原491
御祭神
天照皇大神、国常立尊
韓国開運

扶余神宮

ふよじんぐう

日本統治下の朝鮮・忠清南道扶余郡扶余面に造営が計画された神社で、昭和14年(1939)6月15日に官幣大社として創立が公示された。扶余は百済最後の都・泗沘が置かれた地であり、朝鮮総督府はここを「神都」として整備する構想を掲げていた。祭神には応神天皇・斉明天皇・天智天皇・神功皇后が予定され、いずれも三韓征伐伝承や白村江の戦いなど古代の朝鮮半島との関わりで語られる存在である。昭和18年(1943)の鎮座を目標に勤労奉仕による造営が進められたが、完成したのは基礎工事の段階までだった。昭和20年(1945)8月の敗戦で工事は中断し、鎮座祭が行われないまま同年11月17日に廃止された。社殿が建てられることも神霊が奉遷されることもなかった、実現しなかった神宮である。

所在地
大韓民国忠清南道扶余郡扶余邑(日本統治期の朝鮮忠清南道扶余郡扶余面。造営予定地)
三重県開運家内安全

倭姫宮

やまとひめのみや

倭姫宮は、天照大神の御杖代として諸国を巡り、伊勢の地に皇大神宮を定めた倭姫命を祀る神社。大正12年に皇大神宮別宮として創建され、神宮創祀に関わる倭姫命の功績を後世に伝えている。

所在地
三重県伊勢市楠部町字赤井谷5
御祭神
倭姫命
系統
伊勢・神明
三重県開運家内安全

月讀宮

つきよみのみや

月讀宮は、皇大神宮の別宮で、月讀尊・月讀荒御魂宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈弥宮の四宮から成る。月讀尊は伊弉諾尊・伊弉冉尊の御子神と伝えられ、内宮別宮として古くから崇敬されてきた。

所在地
三重県伊勢市中村町742-1
御祭神
月讀尊
系統
伊勢・神明
東京都開運

東郷神社

とうごうじんじゃ

日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を破った連合艦隊司令長官・東郷平八郎命を祀る。昭和9年(1934年)の東郷元帥の逝去後、顕彰の神社創建を望む声と献金が全国から海軍省に寄せられ、財団法人東郷元帥記念会が国民の浄財により創建した。昭和12年(1937年)に地鎮祭、昭和15年(1940年)5月27日の海軍記念日に御鎮座祭が斎行された。昭和20年(1945年)の空襲で社殿を焼失したが、昭和39年(1964年)に再建された。「勝利と至誠の神様」として、勝運や恋愛・受験の必勝を祈願する参拝者を集めている。

所在地
東京都渋谷区神宮前一丁目5番3号
御祭神
東郷平八郎命
滋賀県開運

近江神宮

おうみじんぐう

近江神宮は、天智天皇を祀る大津市の神社。天智天皇が近江大津宮で営んだ政治と文化の遺徳をたたえ、昭和15年に創建された。漏刻による時の制度にちなみ、時の神・かるたの聖地としても知られる。

所在地
滋賀県大津市神宮町1-1
御祭神
天智天皇
熊本県勝負運厄除け

西岡神宮

にしおかじんぐう

和銅6年(713)、元明天皇の御代に宇土の総鎮護として創建されたと伝わる古社。当初は春日大神と住吉大神を祀り、平安時代の1048年に八幡大神を合わせ祀って「三宮大明神」と称され、今も「三宮さん」の名で親しまれる。天正16年(1588)、キリシタン大名であった宇土城主・小西行長により社殿を焼かれたが、慶長6年(1601)に加藤清正が現在地に再興し、その後は肥後熊本藩主細川家代々の保護を受けた。明治4年(1871)に西岡神宮と改称。境内には神の宿る岩「磐座 百官石」があり、例祭で奉納される御獅子舞は熊本県指定の無形民俗文化財となっている。

所在地
熊本県宇土市神馬町694
御祭神
一之宮(春日大神)、二之宮(八幡大神)
系統
八幡
奈良県開運

吉野神宮

よしのじんぐう

明治22年(1889)、明治天皇が南朝初代・後醍醐天皇の遺徳を偲んで創立を命じた神社で、明治25年(1892)の鎮座祭では、それまで吉水神社に奉安されていた後醍醐天皇の尊像が本殿へ遷された。祭神は後醍醐天皇。現在の社殿は昭和7年(1932)に改築された総檜造で、近代神社建築の代表作と評される。本殿が北を向いて建つのは、吉野で崩御した後醍醐天皇の京都への帰還の願いを汲んだものと伝わる。境内の摂社3社には日野資朝・児島高徳ら建武中興に尽くした7人の功臣が祀られている。

所在地
奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
御祭神
後醍醐天皇
和歌山県開運

日前神宮・國懸神宮

ひのくまじんぐう くにかかすじんぐう

社伝では神武天皇2年、神武東征ののち初代紀伊国造となる天道根命が二種の神鏡を奉じて祀ったのに始まると伝えられ、創建2600余年と称される古社。同一境内に二つの本宮が鎮座し、日前神宮は日像鏡を御神体として日前大神を、國懸神宮は日矛鏡を御神体として國懸大神を祀る。両鏡は三種の神器の八咫鏡に先立って鋳造されたと伝えられ、伊勢の神宮に次ぐ宝鏡と尊ばれた。垂仁天皇16年に現在地に遷座したと伝わり、紀伊国一之宮として朝野の崇敬を集め、明治4年には官幣大社に列した。地元では「日前宮」の名で親しまれている。

所在地
和歌山県和歌山市秋月365
御祭神
日前神宮:日前大神、國懸神宮:國懸大神
京都府厄除け開運

新日吉神宮

いまひえじんぐう

永暦元年(1160年)、後白河上皇が造営した御所・法住寺殿の鎮守として、比叡山東坂本の日吉山王七社を勧請したのに始まる。大山咋命をはじめとする日吉山王七柱を主神とし、後白河天皇を併せ祀り、相殿に素戔嗚尊・大年神を祀る。創建当初の社地は現在地より南にあったが、元和元年(1615年)に豊国廟社の破却に伴い旧廟前へ移り、明治30年(1897年)に現在地へ遷座した。酒造・医薬・縁結びの神として信仰を集めている。

所在地
京都府京都市東山区妙法院前側町451-1
御祭神
日吉山王七神、後白河天皇
系統
日吉
大阪府学業成就開運

服部天神宮

はっとりてんじんぐう

社伝によれば、この地に住んだ渡来系の秦氏が医薬の祖神・少彦名命を祀る小祠を設けたのが起源で、「服部」の地名も秦氏の機織部に由来する。延喜元年(901)、菅原道真が大宰府へ左遷される途上、持病の脚気により足が腫れて歩行困難となった際、村人の勧めでこの祠に参拝したところ痛みが治まり、無事大宰府へ到着したと伝わる。道真の没後にその神霊を合祀して社殿を造営し、天神宮となった。この霊験から「足の神様」として全国から崇敬を集め、江戸時代の文化・文政年間には大いに賑わった。御祭神は少彦名命と菅原道真公。

所在地
大阪府豊中市服部元町1丁目2-17
御祭神
少彦名命菅原道真
系統
天神
神奈川県開運家内安全

伊勢山皇大神宮

いせやまこうたいじんぐう

明治3年(1870年)、時の神奈川県知事・井関盛艮の主導で創建された。開港後の急速な近代化・西洋化の中でも横浜の人々が日本の国柄を見失わないようにと、天照皇大神を祀る神殿の建立が計画され、戸部にあった古社を再興して港を一望する丘の上に遷座したものである。遷座時には5日間にわたる盛大な祝祭が行われ、この祭りをきっかけにアイスクリームが世に広まったという逸話も残る。「横浜総鎮守」とされ、かつては例祭日(5月15日)に役所・会社・学校が休みになり市民が祝ったと伝わる。近年は創建150年記念事業が行われた。

所在地
神奈川県横浜市西区宮崎町64番地
御祭神
天照皇大神
系統
伊勢・神明
北海道縁結び開運

北海道神宮

ほっかいどうじんぐう

北海道神宮は大国魂神・大那牟遅神を祀る神社。開運・金運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
北海道札幌市中央区宮ケ丘474
御祭神
大国魂神、大那牟遅神
三重県開運厄除け

伊勢神宮 内宮

いせじんぐう ないくう

伊勢神宮 内宮は天照大御神を祀る神社。国家安泰・開運のご利益で知られ、紀元前4年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
三重県伊勢市宇治館町1
御祭神
天照大御神
系統
伊勢・神明
三重県家内安全商売繁盛

伊勢神宮 外宮

いせじんぐう げくう

伊勢神宮 外宮は豊受大御神を祀る神社。衣食住・産業の守護のご利益で知られ、478年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
三重県伊勢市豊川町279
御祭神
豊受大御神
福井県交通安全商売繁盛

氣比神宮

けひじんぐう

氣比神宮は伊奢沙別命など七柱を祀る神社。海上安全・農漁業の守護のご利益で知られ、702年(大宝2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
福井県敦賀市曙町11-68
御祭神
伊奢沙別命

よくある質問

神宮という社号にはどんな意味がありますか?

皇室や国家祭祀と関わりの深い神社に多い社号です。祭神や由緒により性格は異なりますが、格式の高い神社として扱われることが多いです。

伊勢神宮だけが神宮ですか?

伊勢神宮は別格ですが、全国には熱田神宮、明治神宮、平安神宮など多くの神宮があります。それぞれ祀る神様や創建の背景が異なります。

神宮では何をお願いできますか?

家内安全、開運、厄除け、国家安泰、日々の感謝など幅広く参拝できます。神社ごとの御祭神に合わせて願意を整えるとよいです。