Shrine

扶余神宮ふよじんぐう

韓国に鎮座する神社です。社格は神宮。開運のご利益で知られます。

由緒

日本統治下の朝鮮・忠清南道扶余郡扶余面に造営が計画された神社で、昭和14年(1939)6月15日に官幣大社として創立が公示された。扶余は百済最後の都・泗沘が置かれた地であり、朝鮮総督府はここを「神都」として整備する構想を掲げていた。祭神には応神天皇・斉明天皇・天智天皇・神功皇后が予定され、いずれも三韓征伐伝承や白村江の戦いなど古代の朝鮮半島との関わりで語られる存在である。昭和18年(1943)の鎮座を目標に勤労奉仕による造営が進められたが、完成したのは基礎工事の段階までだった。昭和20年(1945)8月の敗戦で工事は中断し、鎮座祭が行われないまま同年11月17日に廃止された。社殿が建てられることも神霊が奉遷されることもなかった、実現しなかった神宮である。

基本情報

この神社について

ご利益
開運
社格
神宮

アクセス・参拝情報

所在地
大韓民国忠清南道扶余郡扶余邑(日本統治期の朝鮮忠清南道扶余郡扶余面。造営予定地)

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近隣神社

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韓国開運家内安全

朝鮮神宮

ちょうせんじんぐう

朝鮮神宮は、日本統治下の京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山に鎮座していた神社である。1919年に「朝鮮神社」として創立が仰せ出され、建築家・伊東忠太の設計により1920年から6年をかけて社殿が造営された。祭神には天照大神と明治天皇が祀られたが、創建に先立っては朝鮮の地の神や偉人を祀るべきとする檀君奉斎論も議論されたと伝わる。1925年6月に「朝鮮神宮」へと改称されて官幣大社に列せられ、同年

所在地
朝鮮京畿道京城府南山現・大韓民国ソウル特別市龍山区厚岩洞30-65
御祭神
天照大神、明治天皇
系統
伊勢・神明
韓国開運

大邱神社

たいきゅうじんじゃ

日本統治下の朝鮮に設けられた神社で、旧社格は国幣小社。明治39年(1906年)11月3日、大邱府内の達城山に神殿を造営し、皇大神宮の遥拝所としたのが起こり。大正2年(1913年)に大邱神社と改称し、大正4年(1915年)に神殿を改築して拝殿を新築した。翌大正5年(1916年)4月22日、神社寺院規則(大正4年朝鮮総督府令第82号)により天照大神を祭神とする創立が許可された。昭和11年(1936年)

所在地
大韓民国大邱広域市中区 達城公園(旧・朝鮮慶尚北道大邱府城西町)
御祭神
天照大神、国魂大神
韓国開運

龍頭山神社

りゅうとうさんじんじゃ

1679年(延宝7年)、対馬藩が釜山の倭館を龍頭山へ移した際、通商船の航海安全を祈って金毘羅神すなわち大物主神を祀ったことに始まると伝わる。釜山の開港後、龍頭山一帯は日本人居留地となり、その鎮守として崇敬を集めた。のちに社名を龍頭山神社と称し、大正期に神社としての設立が認められる。1936年(昭和11年)8月1日には国幣小社に列格した。祭神は天照大神・国魂大神・大物主神と、住吉三神である表筒男命・

所在地
朝鮮慶尚南道釜山府弁天町(現・大韓民国釜山広域市中区、龍頭山公園)
御祭神
天照大神、国魂大神
韓国開運

京城神社

けいじょうじんじゃ

京城神社は、日本統治時代の朝鮮・京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山北麓に鎮座していた神社である。1892年頃、現地在住の日本人有志により天照大神の遙拝所が設けられたことが起源とされ、1898年に伊勢神宮内宮正殿を模した社殿が造営されて「南山大神宮」と称した。1913年に「京城神社」へ改称し、1916年8月に神社としての正式な創立許可を受けている。祭神は当初天照大神のみであったが、1929年