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海外の神社一覧

海外の神社には、ハワイなど日系移民の社会で建てられ今も祭祀が続く神社と、戦前に台湾・朝鮮半島・樺太・南洋群島などに建てられ1945年の敗戦後に廃絶した神社があります。各社の現存・廃絶の別と、現在の所在地をあわせて紹介しています。

海外の神社について

海外の神社は、成り立ちから大きく二つに分けられます。一つは明治以降、日本の統治下や租借地・委任統治領となった台湾・朝鮮半島・樺太・関東州・南洋群島や、満洲国などに、政府や現地に住む日本人が建てた神社です。朝鮮神宮や台湾神宮のような官幣大社をはじめ数多く建てられましたが、1945年の敗戦後に廃絶しました。朝鮮神宮の跡地は、現在は南山公園になっています。

もう一つは、ハワイや南北アメリカなど日本の統治が及ばない地域で、日系移民の社会で建てられた神社です。ハワイ出雲大社のように、日米開戦で活動を止められ財産を没収されたのち、戦後の法廷闘争を経て社殿を取り戻した神社もあります。このほか近年は、サンマリノ神社のように日本との友好をきっかけに新しく建てられた神社もあり、海外の神社の姿は時代ごとに変わってきました。

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海外の神社一覧

24件中1-20件を表示しています。

アメリカ開運

アメリカ椿大神社

あめりかつばきおおかみやしろ

三重県鈴鹿市の椿大神社の北米分社です。2023年に運営をカナダ・ビクトリア近郊の神明スピリチュアルセンターへ移し、ワシントン州グラナイトフォールズの境内は一般公開を終えています。

所在地
アメリカ合衆国ワシントン州グラナイトフォールズ
御祭神
猿田彦大神、天之鈿女命
パラオ開運家内安全

ペリリュー神社

ぺりりゅーじんじゃ

昭和9年(1934)、日本統治時代のペリリュー島に建立された神社。戦後に失われたが、1982年(昭和57年)、清流社が組織した青年神職南洋群島慰霊巡拝団が日本から運んだ資材を用い、島民の協力を得て再建した。天照大神を祀るとともに、再建の際に太平洋戦争のペリリュー島の戦いで戦死した日本兵・軍属の御霊が併祀され、日米激戦地における慰霊のよりどころとなっている。

所在地
パラオ・ペリリュー州
御祭神
天照大神、ペリリュー島の戦いで戦死した日本兵
系統
伊勢・神明
韓国

京城神社

けいじょうじんじゃ

京城神社は、日本統治時代の朝鮮・京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山北麓に鎮座していた神社である。1892年頃、現地在住の日本人有志により天照大神の遙拝所が設けられたことが起源とされ、1898年に伊勢神宮内宮正殿を模した社殿が造営されて「南山大神宮」と称した。1913年に「京城神社」へ改称し、1916年8月に神社としての正式な創立許可を受けている。祭神は当初天照大神のみであったが、1929年に朝鮮国魂大神・大己貴命・少彦名命が増祀され、1936年には社格が国幣小社に列せられた。京城府民の氏神として崇敬を集めたが、1945年の日本の敗戦に伴い同年11月17日付で廃止され、現存しない。跡地はその後、学校用地などに転用されている。

韓国

光州神社

こうしゅうじんじゃ

日本統治下の朝鮮・光州に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

韓国

全州神社

ぜんしゅうじんじゃ

日本統治下の朝鮮・全州に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

パラオ

南洋神社

なんようじんじゃ

南洋神社は、日本の委任統治領であった南洋群島(現在のパラオ共和国などに相当)の行政庁所在地コロールに、群島全体の総鎮守として創建された神社である。1922年に南洋庁による統治が始まって以降、各地に民間有志の手による神社が建てられていたが、庁所在地のコロールには社が無かったため、紀元二千六百年記念事業の一環として1937年から用地選定が進められ、コロール島郊外のアルミズ高地に鎮座地が定められた。1938年から約2年をかけて社殿の造営が行われ、1940年2月には主祭神を天照大神とし、社格を官幣大社とすることが定められた。同年11月1日、勅使を迎えて鎮座祭が執り行われた。しかし太平洋戦争の終結にともない、1945年9月に社殿は焼却され、翌1946年1月には御霊代が宮内省へ遷され、神社としての歴史に幕を閉じた。跡地には1997年に日本の民間団体の手で小さな祠が設けられたが、御神体は宮内省へ遷されたままであり、神道上は先の官幣大社と連続性を持たないとされる。

所在地
南洋群島(現・ パラオ)コロール町アルミズ高地
御祭神
天照大神
系統
伊勢・神明
台湾

台湾神宮

たいわんじんぐう

台湾神宮は、日本統治時代の台北・剣潭山周辺(現在の円山一帯)に鎮座した神社で、もとは台湾神社として創建された。明治28年(1895年)、日清戦争の結果日本に割譲された台湾の平定にあたっていた北白川宮能久親王が、台南でマラリアにより薨去したことを受け、貴族院で国費による神社建設が発議され、能久親王を祭神として祀ることになった。1900年(明治33年)に官幣大社として認可され、翌1901年に鎮座式が執り行われた。昭和19年(1944年)には天照大神が増祀され、社名も「台湾神宮」へと改められた。太平洋戦争終結後の1945年、日本の統治終了とともに廃止され、社殿は失われた。跡地には1952年、迎賓施設として台湾大飯店(後の圓山大飯店、現グランドホテル台北)が建てられ、社殿にあった銅製の龍の装飾が同ホテル内に今も伝わっているという。

北朝鮮

咸興神社

かんこうじんじゃ

日本統治下の朝鮮・咸興(現在の朝鮮民主主義人民共和国の咸鏡南道)に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

韓国

大邱神社

たいきゅうじんじゃ

日本統治下の朝鮮に設けられた神社で、旧社格は国幣小社。明治39年(1906年)11月3日、大邱府内の達城山に神殿を造営し、皇大神宮の遥拝所としたのが起こり。大正2年(1913年)に大邱神社と改称し、大正4年(1915年)に神殿を改築して拝殿を新築した。翌大正5年(1916年)4月22日、神社寺院規則(大正4年朝鮮総督府令第82号)により天照大神を祭神とする創立が許可された。昭和11年(1936年)8月11日に道供進社に指定され、同年12月7日には国魂大神の増祀が許可、昭和12年(1937年)5月15日に国幣小社へ列格した。例祭日は10月15日。昭和20年(1945年)の日本の敗戦にともない同年11月17日に廃止され、鳥居は1946年、社殿は1966年までに撤去された。跡地は現在の達城公園にあたる。

所在地
大韓民国大邱広域市中区 達城公園(旧・朝鮮慶尚北道大邱府城西町)
御祭神
天照大神、国魂大神
北朝鮮

平壌神社

へいじょうじんじゃ

日本統治下の朝鮮・平壌(現在の朝鮮民主主義人民共和国)に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

韓国

扶余神宮

ふよじんぐう

日本統治下の朝鮮・忠清南道扶余郡扶余面に造営が計画された神社で、昭和14年(1939)6月15日に官幣大社として創立が公示された。扶余は百済最後の都・泗沘が置かれた地であり、朝鮮総督府はここを「神都」として整備する構想を掲げていた。祭神には応神天皇・斉明天皇・天智天皇・神功皇后が予定され、いずれも三韓征伐伝承や白村江の戦いなど古代の朝鮮半島との関わりで語られる存在である。昭和18年(1943)の鎮座を目標に勤労奉仕による造営が進められたが、完成したのは基礎工事の段階までだった。昭和20年(1945)8月の敗戦で工事は中断し、鎮座祭が行われないまま同年11月17日に廃止された。社殿が建てられることも神霊が奉遷されることもなかった、実現しなかった神宮である。

所在地
大韓民国忠清南道扶余郡扶余邑(日本統治期の朝鮮忠清南道扶余郡扶余面。造営予定地)
中国

斉斉哈爾神社

ちちはるじんじゃ

満洲国の斉斉哈爾(現在の中国黒竜江省チチハル市)に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

韓国

朝鮮神宮

ちょうせんじんぐう

朝鮮神宮は、日本統治下の京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の南山に鎮座していた神社である。1919年に「朝鮮神社」として創立が仰せ出され、建築家・伊東忠太の設計により1920年から6年をかけて社殿が造営された。祭神には天照大神と明治天皇が祀られたが、創建に先立っては朝鮮の地の神や偉人を祀るべきとする檀君奉斎論も議論されたと伝わる。1925年6月に「朝鮮神宮」へと改称されて官幣大社に列せられ、同年10月には勅使が参向する鎮座式が執り行われ、朝鮮半島における中心的な神社として位置づけられた。しかし1945年8月の日本の敗戦により同月16日に御霊を送る儀式が執り行われ、神宝は宮内省に返納された。同年11月に廃社となり、社殿も解体された。跡地は現在、ソウル特別市の南山公園として整備されている。

所在地
朝鮮京畿道京城府南山現・大韓民国ソウル特別市龍山区厚岩洞30-65
御祭神
天照大神、明治天皇
系統
伊勢・神明
ロシア

樺太神社

からふとじんじゃ

樺太の豊原に建てられた官幣大社で、札幌神社と同じく大国魂命・大己貴命・少彦名命を祀りました。1910年に官幣大社とすることが決まり、翌1911年に鎮座祭が行われました。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

所在地
樺太豊原市旭ヶ丘
御祭神
大国魂神、大己貴神
系統
出雲
韓国

江原神社

こうげんじんじゃ

日本統治下の朝鮮・江原道に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

中国

沙河口神社

さがこうじんじゃ

関東州の大連・沙河口に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

ロシア

西久保神社

にしくぼじんじゃ

樺太に建てられた神社です。1945年の敗戦後に廃絶し、現存しません。

中国

関東神宮

かんとうじんぐう

関東州旅順に建てられた官幣大社で、天照大神と明治天皇を祀りました。1944年に鎮座しましたが、1年に満たず敗戦を迎えて廃絶し、現存しません。

韓国

龍頭山神社

りゅうとうさんじんじゃ

1679年(延宝7年)、対馬藩が釜山の倭館を龍頭山へ移した際、通商船の航海安全を祈って金毘羅神すなわち大物主神を祀ったことに始まると伝わる。釜山の開港後、龍頭山一帯は日本人居留地となり、その鎮守として崇敬を集めた。のちに社名を龍頭山神社と称し、大正期に神社としての設立が認められる。1936年(昭和11年)8月1日には国幣小社に列格した。祭神は天照大神・国魂大神・大物主神と、住吉三神である表筒男命・中筒男命・底筒男命の六柱。1945年の日本の敗戦にともない社殿は失われ、跡地を含む龍頭山一帯は現在、龍頭山公園として整備されている。公園の一角には、この付近が倭館であったことを記す石碑が立つ。

所在地
朝鮮慶尚南道釜山府弁天町(現・大韓民国釜山広域市中区、龍頭山公園)
御祭神
天照大神、国魂大神
アメリカ縁結び開運

ハワイ出雲大社

はわいいずもたいしゃ

明治39年(1906年)、出雲大社教の布教のため広島県出身の神職・宮王勝良が渡布し、ホノルルで開教したのが始まりとされる。明治40年(1907年)に最初の社殿が建てられ、大正11年(1922年)には出雲大社を模した大社造の社殿が完成した。太平洋戦争開戦後の1941年、分院長らはFBIに拘束されて米本土に抑留され、教団は解散、社地・社殿は市郡当局の管理下に置かれた。戦後1952年から返還運動が続けられ、1961年に教団側の勝訴によって社殿が戻り、1969年に竣工大祭が斎行された。大國主大神とハワイ産土神を主祭神とし、沖縄県出身移民の氏神など複数の御分霊も合祀する。出雲大社の分社として「出雲大社ハワイ分院」とも称される。

所在地
アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市 215 North Kukui Street, Honolulu, HI 96817
御祭神
大國主大神、ハワイ産土神
系統
出雲

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