Shrine

積川神社つがわじんじゃ

大阪府に鎮座する神社です。御祭神は生井神、栄井神、綱長井神。開運のご利益で知られます。

由緒

延喜式内社で、中世以前には和泉国内でも有数の大社として和泉五社の一社に数えられた古社。牛滝川の上流に鎮座し、水利の神として流域の人々の信仰を集めた神社であったと考えられている。現在の本殿は豊臣秀頼が再建したと伝えられ、三間社流造・正面千鳥破風付・桧皮葺の建築で、国の重要文化財に指定されている。このほか鎌倉期の木造男女神像8体と、熊野街道沿いの遥拝鳥居に掲げられ白河院の宸筆と伝わる木造扁額が大阪府指定文化財となっており、淀殿の寄進と伝わる神輿も伝存する。岸和田市域を代表する式内社として、現在も地域の信仰を集めている。

例大祭

10月8日

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近隣神社

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大阪府開運

坐摩神社

いかすりじんじゃ

大阪市中央区久太郎町に鎮座する旧官幣中社で、生井神・福井神・綱長井神・阿須波神・波比岐神の五柱を総称して坐摩大神と称する。『古語拾遺』などによれば神武天皇の即位に際して神勅により宮中に奉斎されたのが起源とされ、社名は土地や居住地を守る「居所知」が転じた名称という。社伝では神功皇后が新羅からの帰還の折、淀川南岸の田蓑島(現在の天満橋西方、石町付近)に奉祀したのが始まりとされる。『延喜式』には摂津国西

所在地
大阪府大阪市中央区久太郎町 4丁目渡辺 3号
御祭神
坐摩神、(生井神
大阪府開運

弥栄神社

やえいじんじゃ

岸和田市北部の春木地区に鎮座する神社。社地は洪積台地の先端部を覆う砂丘の上にあり、古くから八幡山と呼ばれてきた。創建の年代や由緒は明らかでないが、室町時代後期の天文年間(1532〜1555年)にはすでに神社としての形を整えていたと伝えられる。主祭神は素盞嗚尊。現在は春木地区の氏神として崇敬を集めており、毎年9月に行われる岸和田のだんじり祭では、春木地区のだんじりが当社へ宮入りする。祭礼の日は境内が

所在地
大阪府岸和田市八幡町13-25
御祭神
素盞嗚尊
大阪府開運

蒲田神社

かまたじんじゃ

大阪市淀川区東三国に鎮座する氏神社。社伝では南北朝時代、この地の有力者であった佛生院又三郎が播磨国室津の「室の明神」の分霊を迎え、村の鎮守として祀ったことに始まると伝わる。あわせて、上賀茂社の分霊を船で室の宮へ移す途中につむじ風に遭い、この地で風待ちをした縁で当社にも勧請したという古伝も残る。祭神は食物と稲を司る宇賀御魂神と、雷除け・厄除けの神である別雷神。明治5年(1872年)に村社に列し、明治

所在地
大阪府大阪市淀川区東三国2-18-12
御祭神
宇賀御魂神、別雷神
大阪府開運

星田神社

ほしだじんじゃ

創建年代は詳らかでない。社伝によれば、古く境内に一本の大杉があり、そこに交野物部氏の祖神である饒速日命を「交野大明神」として祀ったのが起こりとされる。天文4年(1535年)の奥書をもつ神名帳に交野大明神の名が見え、正平21年(1366年)銘の石塔も伝わっていたという。宝永年間(1704〜1711年)に磐船神社から住吉四神の神霊が遷され、現在の本殿が建立された。以後は底筒男命・中筒男命・表筒男命と神

所在地
大阪府交野市星田2丁目5-14
御祭神
底筒男命、中筒男命