Shrine

筑摩神社つかまじんじゃ

長野県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は息長帯比売命、誉田別命、多紀利比売命。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

社伝では延暦13年(794)、石清水八幡宮から勧請を受けて創建されたと伝わり、「正八幡宮」とも称された。祭神は息長帯比売命(神功皇后)・誉田別命(応神天皇)の八幡神に宗像三女神を合わせた5柱。信濃国府が筑摩郡に移されて以降は「国府八幡宮」とも呼ばれ、室町時代以降は清和源氏の流れをくむ信濃の小笠原氏の祖神として崇敬された。永享11年(1439)に小笠原政康が再建した三間社流造の本殿は松本地方最古の建造物として国の重要文化財、慶長15年(1610)に松本藩主石川康長が造営した拝殿は長野県宝に指定されている。

筑摩神社は何の神様?

筑摩神社の御祭神は息長帯比売命、誉田別命、多紀利比売命、狭依比売命、多岐津比売命です。

息長帯比売命

応神天皇の母。三韓征伐の伝説で知られる。武運・安産・子育てのご利益がある。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、住吉大社、宇佐神宮などが挙げられます。 八幡信仰では宇佐神宮や石清水八幡宮、鶴岡八幡宮などが代表的で、応神天皇とともに祀られることが多い御祭神です。

誉田別命

第15代天皇。八幡神として信仰される武運の神。全国の八幡宮の祭神として最も広く祀られる。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、宇佐神宮、函館八幡宮などが挙げられます。 八幡信仰の総本宮としては大分の宇佐神宮が名高く、石清水八幡宮や鶴岡八幡宮も代表社として知られます。

例大祭

8月11日(例大祭)

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近隣神社

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山梨県勝負運厄除け

武田八幡宮

たけだはちまんぐう

社記によれば、弘仁13年(822年)、嵯峨天皇の勅命により、武田武大神(日本武尊の御子)を祀る祠を桜の御所から現在地へ遷宮し、九州の宇佐神宮(八幡総本宮)を勧請・合祀して創建されたのが起こりで、地名から武田八幡宮と称したと伝わる。貞観年間(859〜877年)には京都の石清水八幡宮の御霊も社中に勧請された。保延6年(1140年)、新羅三郎義光の曾孫にあたる龍光丸が13歳でこの社の神前で元服し「武田太

所在地
山梨県韮崎市神山町北宮地1185
御祭神
誉田別命、足仲津彦命
系統
八幡
静岡県勝負運厄除け

守山八幡宮

もりやまはちまんぐう

狩野川の西にそびえる守山の東麓に鎮座する。社伝では大化3年(647年)に大山祇神を祀って創建されたとされ、延喜7年(907年)に豊前の宇佐八幡宮から八幡神を勧請して合祀し、守山八幡宮と称するようになったと伝わる。治承4年(1180年)8月、伊豆に流されていた源頼朝が以仁王の令旨を受けて平家追討を祈願し、当社の社前で挙兵したと伝えられる。頼朝はこの地から、配下が襲撃した目代・山木兼隆の館が焼ける火煙

所在地
静岡県伊豆の国市寺家1204-1
御祭神
誉田別命、大山祇命
系統
八幡
静岡県勝負運厄除け

府八幡宮

ふはちまんぐう

天平年間、遠江国司であった桜井王が国の安寧と繁栄を祈願し、国府庁舎内に八幡神を祀ったのが始まりと伝わる。延喜式内社には数えられなかったものの、歴代の国司に守られ続けてきた。中世には足利氏や今川氏からも篤い崇敬を受け、徳川家康は磐田御殿での鷹狩りの折に参詣し、関ヶ原合戦への出陣に際してもこの地から発したと伝えられる。江戸時代には2代将軍徳川秀忠が鳥居を、末娘の東福門院が本殿を寄進するなど幕府とも縁が

所在地
静岡県磐田市中泉112-1
御祭神
誉田別命、足仲彦命
系統
八幡
長野県勝負運厄除け

武水別神社

たけみずわけじんじゃ

社伝では第8代孝元天皇の御代の鎮斎と伝えられる古社で、主祭神の武水別大神は水を司る神として善光寺平の五穀豊穣と千曲川の氾濫防止を祈って祀られたとされる。安和年間(968〜970年)に京都の石清水八幡宮から相殿神の誉田別命・息長足比売命・比咩大神が勧請され、「八幡宮」として広く崇敬された。延喜式神名帳には名神大社として記載され、『三代実録』によれば貞観8年(866年)に無位から従二位の神階を授けられ

所在地
長野県千曲市八幡3012
御祭神
武水別大神
系統
八幡