Shrine

夜支布山口神社やぎうやまぐちじんじゃ

奈良県に鎮座する神社です。御祭神は素盞嗚命。開運のご利益で知られます。

由緒

奈良市東部の大柳生に鎮座する氏神で、旧県社。『延喜式』神名帳の大和国添上郡に「夜支布山口神社」(大社、月次・新嘗)として記され、宮殿造営の御料林を伐り出す山の口に坐す神を祀った大和十三山口神社の一つに数えられる。『日本文徳天皇実録』嘉祥3年(850年)に従五位下、『日本三代実録』貞観元年(859年)に正五位上を授けられ、同年には風雨を祈って幣帛が奉られた。社名は養布・養父とも表記され、俗に高野宮・天王社とも呼ばれた。もとは南方約600メートルの上出集落に鎮座していたが、中世に巨石を神体とする立磐神社の境内へ遷ったと伝わる。摂社・立磐神社の本殿は、春日大社本社本殿の第四殿を延享4年(1747年)7月に移築したもので、国の重要文化財に指定されている。現在の祭神は素盞嗚命とされるが、山口神の性格から本来は大山祇命を祀ったとする説もある。

基本情報

この神社について

御祭神
素盞嗚命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
奈良県奈良市大柳生町3089
アクセス
JR奈良駅または近鉄奈良駅から、奈良交通バスの柳生方面行き(柳生・石打・邑地中村行きなど)に乗車し「大柳生」で下車します。国道369号から南に入った、独立した小山の麓に鎮座しています。

夜支布山口神社は何の神様?

夜支布山口神社の御祭神は素盞嗚命です。

例大祭

例祭は10月18日で、前日の10月17日に例祭宵宮祭が行われます。

年間行事

8月には奈良県の無形民俗文化財に指定されている大柳生の太鼓踊り(賀当太鼓踊り)が奉納されます。また、一年交代で集落の長老の家に分霊を迎える「廻り明神(回り神明)」と呼ばれる珍しい行事が伝えられています。

夜支布山口神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

兵庫県開運

高砂神社

たかさごじんじゃ

社伝によれば、神功皇后が外征からの帰途にこの地へ船を寄せ、加護を受けた大己貴命を国家鎮護のために祀ったのが始まりとされる。天禄年間(970〜972)に疫病が流行した際、神託により素盞嗚命と奇稲田姫命を合わせ祀ったところ疫病が鎮まったと伝わる。文禄元年(1592)には豊臣秀吉が朝鮮出兵に際して参拝し、戦勝を祈願したと伝えられる。慶長6年(1601)、姫路城主の池田輝政が社地に高砂城を築くことを定めて

所在地
兵庫県高砂市高砂町東宮町190
御祭神
大己貴命、素盞嗚命
系統
出雲
大阪府開運

狭山神社

さやまじんじゃ

狭山池の北東の高台に鎮座する式内社で、旧社格は郷社。創建年代は不詳だが、社伝では崇神天皇の勅願により、狭山池が築かれるより前から祀られていたと伝える。『延喜式』神名帳には、現在は境内に合祀されている狭山堤神社とともに、河内国丹比郡の大社として記載されている。南北朝時代にはこの一帯が南北両軍の争う地となって社殿がたびたび兵火にかかり、現在の本殿は室町時代中期、明応2年(1493年)ごろの再建と推定さ

所在地
大阪府大阪狭山市半田1丁目223
御祭神
天照大神、素盞嗚命
兵庫県開運

御厨神社

みくりやじんじゃ

創立の年月は火災で記録を失い不詳。社伝によれば、神功皇后が西征の途中に二見浦へ船を寄せて船子を集め兵糧を調えた際、土地の人々が食物を献じたことに由来し、神饌を調える場所を意味する「御厨」が社名になったと伝える。伊勢神宮の御厨(荘園)であったとする説もある。貞観年間(859〜877)に八幡宮を勧請し、延喜元年(901)に大宰府へ左遷される途上の菅原道真が船を二見浦へ寄せて社地に上陸したという所縁から

所在地
兵庫県明石市二見町東二見1323
御祭神
誉田別命(応神天皇)、菅原道真
大阪府厄除け病気平癒

飛鳥戸神社

あすかべじんじゃ

延長5年(927)に完成した『延喜式』神名帳に名神大社として記載される式内社。この地は5世紀後半に百済から渡来した王族・琨伎王(昆伎王)を祖とする飛鳥戸造一族の本拠地(河内国安宿郡)で、当社はもと琨伎王を祀ったとする説がある。現在の祭神は素盞嗚命。周辺には横穴式石室をもつ飛鳥千塚古墳群や、百済の石室構造との関連が指摘される観音塚古墳が分布し、渡来系氏族との深い関わりを物語る。竹内街道沿いの飛鳥(近

所在地
大阪府羽曳野市飛鳥1023
御祭神
素盞嗚命
系統
八坂