由緒
大分市の上野丘に鎮座する旧県社。社伝では宝亀2年(771年)、豊後国府にほど近い岩屋寺の境内に祀られたのが起こりとされる。鎌倉時代には豊後を治めた大友氏の初代・能直が国中の疫病退散を願って京都の祇園社を勧請したと伝わり、以後は大友氏の厚い崇敬を受けた。天正14年(1586年)の島津軍による府内侵攻で社殿を焼失したが、元和4年(1618年)に府内藩主・竹中重義が現在地へ移して再建している。江戸期を通じて祇園社(祇園宮)と呼ばれ、明治の神仏分離を経て弥栄神社と改称。明治6年(1873年)に郷社、大正5年(1916年)に県社へ列した。寛永年間の建立と伝わる楼門が今も残る。