宮城県で健康祈願の神社を選ぶポイント
健康祈願の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。宮城県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
宮城県で健康祈願のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。
3件中1-3件を表示しています。
宮城県名取市の高舘山山頂に鎮座し、名取熊野三社の一つに数えられる。第一主神は羽黒飛龍大神、第二主神は熊野夫須美大神で、ほかに速玉神・家都御子神・大穴牟遅神など計7柱を祀る。社伝によれば、養老元年(717年)閏6月、名取郡廣ノ浦(現在の閖上)の漁師・治兵衛が海中から光を放つ御神体を引き揚げて家に祀ったところ、夜ごと西の山並みへ龍燈のような光が走った。神託を求めると「我は羽黒飛龍の神なり」との告げがあり、光の向かった高舘山に社殿を建てて羽黒飛龍大権現として祀った。これが養老3年(719年)6月10日と伝える。保安4年(1123年)には名取老女が紀州熊野三社をこの地に勧請し、那智の御分霊を合祀して熊野那智権現と号した。伊達家代々の崇敬が篤く、社地の拡張と社殿造営、祭祀料の寄進を受けた。明治31年(1898年)の拝殿移転工事の際には床下から懸仏や銅鏡155点が見つかり、国・県の文化財に指定された。
創建年代は不詳だが、神亀元年(724)の多賀城創建の頃には既に鎮座していたと伝わる古社で、奥塩老翁神・奥塩老女神の二柱を祀る。社地の小高い丘は歌枕「浮島」の地とされ、山口女王が大伴家持に贈った歌にも詠まれた。延久6年(1074)には『朝野群載』に浮島社の名が見え、天皇の御体の平安を占う儀式の対象に選ばれている。江戸時代には「多賀神社」と称された時期もあり、明治4年(1871)に浮島村の総鎮守として村社「浮島神社」となった。境内には光源氏のモデルともいわれる源融を祀った大臣宮が合祀されており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の途中に立ち寄ったと伝えられる。
陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。
健康祈願の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。宮城県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
健康祈願と宮城県の親ページも合わせて確認できます。
宮城県で件数の多いご利益別ページです。