ご利益

健康祈願の神社

健康祈願のご利益で探せる神社を50件掲載。代表的な神社は籠渡白山社です。

健康祈願で知られる御祭神

健康祈願で有名な神社

健康祈願の神社一覧

50件中1-20件を表示しています。

富山県健康祈願開運

籠渡白山社

かごどはくさんしゃ

富山県に鎮座する白山系の神社です。健康祈願・開運のご利益で知られます。

所在地
富山県南砺市籠渡1183
系統
白山
沖縄県開運厄除け

末吉宮

すえよしぐう

琉球八社の一社。社伝によれば、尚泰久王の時代にあたる1456年ごろ、天界寺の鶴翁和尚が熊野三所権現を勧請して祀ったのが始まりと伝えられる。主祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊の三柱で、ほかに土祖神・澳津彦命・澳津姫命・産土神を別鎮斎として祀っている。琉球王府から厚い保護を受け、首里の北方を守る社として崇敬された。本殿と参道の石造階段は戦前に旧国宝の指定を受けていた。現在は那覇市街を望む末吉公園の丘陵上に鎮座し、社殿へは公園内の参道をたどる。社務所は波上宮が兼務している。

所在地
沖縄県那覇市首里末吉町1-8
御祭神
伊弉冉神、速玉男尊
系統
熊野
富山県健康祈願

雄山神社

おやまじんじゃ

富山県中新川郡立山町に鎮座する越中国の式内社・旧国幣小社で、立山頂上の峰本社、芦峅寺の中宮祈願殿、岩峅寺の前立社壇という三つの社殿から成る。御祭神は伊邪那岐神(立山大権現雄山神)と天手力雄神(刀尾天神剱岳神)。社伝では大宝元年(701)、越中国司佐伯有若の嫡男・有頼が白鷹と黒熊に導かれて玉殿岩窟に至り、立山両権現の霊示を受けて文武天皇の勅命により立山を開山したと伝える。有頼は出家して慈興と号し、立山座主として芦峅寺に住んで立山信仰の宣布に生涯を捧げた。以後、神仏習合の一大霊場として皇室や武将の崇敬を受け、『梁塵秘抄』や『神道集』にも名が見える。天正13年(1585)には豊臣秀吉の越中侵攻で芦峅寺の諸堂が焼き払われ、明治の神仏分離でも大きな改変を受けたが、明治6年に県社、昭和15年に国幣小社に列した。前立社壇の本殿は間口五間の流造で神社本殿としては北陸最大、国の重要文化財である。

所在地
富山県中新川郡立山町域内に3社
御祭神
伊邪那岐神、天手力雄神
系統
多賀
沖縄県開運厄除け

識名宮

しきなぐう

沖縄県那覇市繁多川に鎮座し、明治以前に琉球国府から特別の扱いを受けた官社「琉球八社」の一社。社号は『琉球神道記』(1608年)に「尸棄那権現」、『琉球国由来記』(1713年)に「姑射山権現」と記される。近世沖縄の権現信仰では、末吉宮を熊野新宮、普天満宮を熊野那智、当宮を熊野本宮に見立てて信仰された。社伝によれば、洞窟内に安置された賓頭盧が夜ごと光を放つのを大阿母志良礼が信仰したところ願いが叶い、尚元王(1556〜72年)の長子・尚康伯の病気平癒にも霊験があったため、王子が私財を投じて宮と神応寺を創建したという。尚賢王の代からは毎年1月・5月・9月の吉日に国王の行幸が始まった。社殿はもと洞窟内にあったが湿気で腐朽し、康煕19年(1680年)に洞外へ移して瓦葺とした。戦前の社殿は戦災で焼失し、昭和43年12月に復興、平成25年12月に新社殿が竣工している。

所在地
沖縄県那覇市繁多川4-1-43
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
東京都商売繁盛金運

小野神社

おのじんじゃ

武蔵国一之宮を称する古社で、公式サイトの由緒では安寧天皇18年2月の鎮座と伝える。主祭神は武蔵国開拓の祖神である天下春大神、瀬織津比咩大神、稲倉魂大神の三柱。元慶8年(884年)に正五位上の神階を授けられ、延喜式神名帳には武蔵国八座の一社として載る。国府の近くにあったことから国司や住民の崇敬が篤く、総社六所宮創建の際には東殿第一の席を与えられて一之宮と称されたという。鎌倉末から戦国期にかけて戦乱と多摩川の洪水で荒廃したが、棟札によれば慶長14年(1609年)に徳川二代将軍によって造営再興された。明治の神仏分離で文珠菩薩を移座し郷社に列格。大正15年の失火で社殿を焼失したが昭和2年に本殿・拝殿を再建し、昭和39年に随身門、昭和49年に末社の再建を終えている。

所在地
東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
御祭神
天下春命、瀬織津比咩命
系統
稲荷
宮城県開運厄除け

熊野那智神社

くまのなちじんじゃ

宮城県名取市の高舘山山頂に鎮座し、名取熊野三社の一つに数えられる。第一主神は羽黒飛龍大神、第二主神は熊野夫須美大神で、ほかに速玉神・家都御子神・大穴牟遅神など計7柱を祀る。社伝によれば、養老元年(717年)閏6月、名取郡廣ノ浦(現在の閖上)の漁師・治兵衛が海中から光を放つ御神体を引き揚げて家に祀ったところ、夜ごと西の山並みへ龍燈のような光が走った。神託を求めると「我は羽黒飛龍の神なり」との告げがあり、光の向かった高舘山に社殿を建てて羽黒飛龍大権現として祀った。これが養老3年(719年)6月10日と伝える。保安4年(1123年)には名取老女が紀州熊野三社をこの地に勧請し、那智の御分霊を合祀して熊野那智権現と号した。伊達家代々の崇敬が篤く、社地の拡張と社殿造営、祭祀料の寄進を受けた。明治31年(1898年)の拝殿移転工事の際には床下から懸仏や銅鏡155点が見つかり、国・県の文化財に指定された。

所在地
宮城県名取市高舘吉田舘山8
御祭神
羽黒飛龍神、伊弉冉尊
系統
熊野
岡山県開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

岡山県倉敷市林、児島半島の郷内地区に鎮座し、「日本第一熊野十二社権現宮」と称する。伊邪那美神・伊邪奈岐神・家都御子神・速玉之男神を祀る。社伝によれば、修験道の祖・役小角が文武天皇3年(699年)に朝廷から訴追されて伊豆大島へ配流された際、義学・義玄・義真・寿玄・芳玄の5人の弟子が熊野本宮大社の御神体を奉じて各地を巡り、役小角が赦免された大宝元年(701年)3月に神託を得て、紀州熊野本宮をこの地へ遷したと伝える。天平12年(740年)には聖武天皇が児島一円を社領として寄進した。応仁の乱で社堂を焼失したが、別当大願寺の天誉によって明応元年(1492年)に再建され、江戸時代には備前岡山藩主池田光政の厚い保護を受けた。南面して一列に並ぶ6棟の本殿のうち第二殿は国の重要文化財、残る第一殿と第三〜第六殿の5棟は岡山県の重要文化財に指定されている。

所在地
岡山県倉敷市林684
御祭神
伊邪那美神、伊邪奈岐神
系統
熊野
京都府縁結び開運

愛宕神社

あたごじんじゃ

京都府亀岡市千歳町国分に鎮座する式内社で、旧社格は村社。火の神である火産霊神を主祭神とし、伊邪那美神・大国主神をあわせて祀る。社伝では、この社の分霊が京都の鷹ヶ峰に祀られ、のちに和気清麻呂によって嵯峨の愛宕山へ遷されて現在の愛宕神社になったと伝えることから、「元愛宕」あるいは「愛宕の本宮」と呼ばれ、全国に数多い愛宕社の総本宮ともいわれる。檜皮葺の一間社流造である本殿は鎌倉時代後期の建立と伝えられ、昭和52年(1977年)1月28日に国の重要文化財に指定されている。火伏せ・防火の神として広く信仰され、4月24日には鎮火祭が営まれる。愛宕山の愛宕神社と同様に「愛宕の三つ参り」の信仰が伝わり、3歳までに参詣すると一生火災に遭わないとされている。

所在地
京都府亀岡市千歳町国分南山ノロ1
御祭神
火産霊神、伊邪那美神
系統
出雲
静岡県開運厄除け

三熊野神社

みくまのじんじゃ

文武天皇の皇后が紀州の熊野三社に「安産で皇子が誕生すれば東に三つの社を建てて日夜敬う」と誓われ、無事に皇子(のちの聖武天皇)を出産した。その誓いにより大宝元年(701年)、熊野本宮大社をこの横須賀の地へ、熊野那智大社を小笠山(現・小笠神社)へ、熊野速玉大社を高松(現・高松神社)へ遷座したのが起こりと社伝は伝え、あわせて遠州の熊野三社と称される。鎮座とともに朝廷から神領として笠原の庄を賜った。建武2年(1335年)元旦には新田義貞が戦勝祈願に参拝し楠木正成の鈴を奉納したと伝わる。天正6年(1578年)に徳川家康が横須賀城を築いて以降は歴代城主・家臣と城下近郷の信仰を集め、災難除・子授け・安産・縁結びの守り神として崇敬されてきた。御祭神は家津美御子神・伊邪那美神・事解男神。本殿は静岡県指定文化財。

所在地
静岡県掛川市西大渕5631番地の1
御祭神
家津美御子神、伊邪那美神
系統
熊野
沖縄県開運厄除け

天久宮

あめくぐう

那覇市泊に鎮座する琉球八社の一社。『琉球神道記』(1608)に「天久権現」、『琉球国由来記』(1713)に「天久山熊野三社大権現」、『琉球国旧記』(1731)に「天久山三社」、『球陽』(1745)に「天久山権現」「天久宮」と記されるなど、古記録に繰り返しその名がみえる。創建は成化年間(1465〜1487)と伝えられる。縁起では、銘苅村の翁子が天久野で気高い女人と法師に出会い、女人が中腹の洞窟のあたりで消えるのを見て王に奏上したところ、国王が臣下に命じて洞窟へ香を供えさせると自然に火がついたため社殿を造営したという。のちに「我は熊野権現なり。女人は国家の守護神・弁財天である」との神託があったと伝わる。御祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊。昭和19年(1944)の空襲で社殿を焼失し、戦後は御嶽形式で祀られたが、昭和47年に本殿を建立、本土復帰と同じ5月15日に宗教法人となった。

所在地
沖縄県那覇市泊3丁目19-3
御祭神
伊弉冉尊、速玉男尊
系統
熊野
岐阜県健康祈願開運

長滝白山神社

ながたきはくさんじんじゃ

霊峰白山を神体山と仰ぐ白山信仰の美濃側の拠点で、白山三馬場のうち「美濃馬場」と呼ばれた地に鎮座する。社伝では養老元年(717年)に泰澄が白山に登拝し、白山中宮長瀧寺を開いたのが始まりとされる。天長5年(828年)に法相宗から天台宗へ改まり、同9年には加賀の白山本宮、越前の平泉寺とともに白山三馬場の一つに数えられた。中世には1万3千石の神領と多数の坊院を擁して隆盛し、全国から信仰者が集まった。明治の神仏分離により長滝白山神社と長瀧寺に分かれ、明治32年(1899年)の大火で多くの建物を失ったが、神仏習合時代の旧観を残す同一境内に両者が並び、国指定の重要無形民俗文化財「長滝の延年」をはじめ多くの文化財を伝えている。

所在地
岐阜県郡上市白鳥町長滝字杉山91
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
白山
富山県健康祈願開運

上梨白山宮

かみなしはくさんぐう

五箇山の上梨集落に鎮まる古社で、伝承では奈良時代の泰澄が人形山に開いた堂塔にはじまり、のちに山麓の上梨へ移されたと伝えられます。本殿には文亀2年(1502年)の棟札が残り、富山県内に現存する最も古い木造建築とされ、国の重要文化財に指定されています。規模は小さな一間社流造で、豪雪から守るため鞘堂に覆われています。白山信仰の菊理媛命を主祭神に、諏訪と八幡の神をあわせ祀っています。五箇山を代表する古い民謡「こきりこ」は、古くからこの白山宮の祭礼で歌い継がれてきたもので、現在も秋の祭りで奉納されています。

所在地
富山県南砺市上梨654
御祭神
菊理媛命、諏訪大明神
系統
白山
東京都健康祈願

多賀神社

たがじんじゃ

天慶元年(938)、武蔵介に任ぜられた源経基が国土豊穣・万世安穏を祈願するため、近江の多賀大社から分祀し勧請したと伝わる。文応元年(1260)には北条時頼が巡行の折にこの地で病に倒れ、古鏡を奉納して祈願したところ治癒したことから、社領七反歩を寄進して祈願所としたという。祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊の夫婦神で、良縁成就や子孫繁栄などの御神徳で知られる。明治26年(1893)に郷社へ昇格。新選組(甲陽鎮撫隊)解散の地としても知られ、境内には樹齢400年余の大銀杏の御神木がそびえる。8月の例大祭は八幡・八雲神社の「下の祭」に対して「上の祭」の別名で親しまれ、八王子まつりでの渡御で有名な宮神輿「千貫神輿」(市指定有形文化財)を有する。

所在地
東京都八王子市元本郷町四丁目9番21号
御祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
系統
多賀
東京都開運厄除け

王子神社

おうじじんじゃ

祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・天照大御神・速玉之男命・事解之男命の五柱で、総称して王子大神と呼ばれる。創建年代は不詳だが、源義家が奥州征伐の折に社頭で慰霊祈願を行い甲冑を納めたと伝わる古社。元亨2年(1322)に領主豊島氏が紀州熊野三社から王子大神を勧請して「若一王子宮」と奉斎し、これが「王子」の地名の由来となった。徳川家康は天正19年(1591)に朱印地二百石を寄進して将軍家祈願所と定め、三代家光は社殿を造営、紀州徳川家出身の八代吉宗は元文2年(1737)に飛鳥山を寄進して桜を植え、江戸庶民の行楽地とした。明治元年には准勅祭社(東京十社)に列せられた。戦災で社殿を焼失したが、樹齢600年と伝わる大イチョウ(東京都天然記念物)が焼け残り、戦後に黒塗りと金箔の権現造の社殿が再建された。

所在地
東京都北区王子本町一丁目1番12号
御祭神
王子大神(伊弉諾命、伊弉冉命
系統
熊野
宮城県健康祈願

浮島神社

うきしまじんじゃ

創建年代は不詳だが、神亀元年(724)の多賀城創建の頃には既に鎮座していたと伝わる古社で、奥塩老翁神・奥塩老女神の二柱を祀る。社地の小高い丘は歌枕「浮島」の地とされ、山口女王が大伴家持に贈った歌にも詠まれた。延久6年(1074)には『朝野群載』に浮島社の名が見え、天皇の御体の平安を占う儀式の対象に選ばれている。江戸時代には「多賀神社」と称された時期もあり、明治4年(1871)に浮島村の総鎮守として村社「浮島神社」となった。境内には光源氏のモデルともいわれる源融を祀った大臣宮が合祀されており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の途中に立ち寄ったと伝えられる。

所在地
宮城県多賀城市浮島一丁目1-1
御祭神
奥塩老翁神、奥塩老女神
系統
多賀
宮城県勝負運交通安全

多賀神社

たがじんじゃ

陸奥国多賀郷の中心地にあたる多賀城(陸奥国府)の鎮護の地に鎮座し、社伝では近江の江州多賀神社の神を遷し祀ったことに始まると伝わる古社。延喜の制では国幣小社に列したとされる。明治5年(1872)5月に村社に列格し、明治41年・44年には周辺の複数の神社を合祀した。昭和40年(1965)に境内一円が国の特別史跡に指定されたことに伴い社殿を隣接地へ移築し、現在の神明造の社殿は平成13年(2001)4月15日に完成した。宮城県神社庁は御祭神を武甕槌命と伝えている。

所在地
宮城県多賀城市高崎1-14-13
御祭神
武甕槌命、経津主命
系統
香取
岩手県開運厄除け

三熊野神社

みくまのじんじゃ

社伝では、延暦21年(802年)、蝦夷平定に向かった坂上田村麻呂が紀伊の熊野三山に戦勝を祈願し、平定成就ののちに熊野三神(伊弉冉命・事解男命・速玉男命)をこの地へ勧請したのが始まりと伝えられます。北上川東岸の熊野山嶺一帯は、それ以前に僧行基が開いたとも伝わる古い信仰の地で、社殿と並んで、坂上田村麻呂が奉祀したと伝わる兜跋毘沙門天立像を祀る毘沙門堂が建っています。毘沙門堂は室町時代後期の建築で平成2年に国の重要文化財に指定され、三熊野神社本殿は昭和54年に岩手県の有形文化財に指定されています。境内では、田村麻呂が兵に相撲を取らせた故事にちなむ特殊神事「十二番角力式」(泣き相撲)が受け継がれ、花巻市の無形民俗文化財として、地域の子どもの健やかな成長を願う神事となっています。

所在地
岩手県花巻市東和町北成島5区1
御祭神
伊弉冉命、事解男命
系統
熊野
三重県開運厄除け

花窟神社

はなのいわやじんじゃ

『日本書紀』に記される、日本最古の神社ともいわれる聖地。社殿を持たず、高さ約45mの巨岩を御神体とする自然信仰の社で、神々の母・伊弉冉尊が火神・軻遇突智尊を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵と伝わる。祭神は伊弉冉尊と軻遇突智尊。年2回(2月2日・10月2日)の例大祭では、百尋(約166m)の大綱を御神体の窟の頂上から境内の松の御神木に渡す「御綱掛け神事」が太古から続けられており、三重県の無形民俗文化財に指定されている。平成16年(2004)7月には「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産として世界遺産に登録された。

所在地
三重県熊野市有馬町上地130番地
御祭神
伊弉冉尊、軻遇突智尊
系統
熊野
京都府商売繁盛金運

愛宕神社

あたごじんじゃ

全国に約900社ある愛宕神社の総本宮で、京都市最高峰・愛宕山の山頂に鎮座する。大宝年間(701〜704)に修験道の祖・役行者と白山開祖の泰澄が朝日峰に神廟を建立したのが始まりと伝わり、天応元年(781)には慶俊僧都が中興し、和気清麻呂が白雲寺を建立して愛宕大権現を祀る鎮護国家の道場とした。神仏習合の山岳修験霊場として栄え、9世紀には七高山の一つに数えられたが、明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶し愛宕神社となった。伊弉冉尊など五柱を祀り、古くから火伏・防火に霊験あらたかな神として知られ、「火迺要慎」の火伏札は京都の台所や厨房に広く貼られている。3歳までに参拝すると一生火事に遭わないという言い伝えもある。

所在地
京都府京都市右京区嵯峨愛宕町1
御祭神
伊弉冉尊、埴山姫神
系統
伊勢・神明
京都府開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。

所在地
京都府京都市左京区聖護院山王町43
御祭神
伊弉冉尊、伊弉諾尊
系統
熊野

健康祈願神社を都道府県から探す

47都道府県から、健康祈願に関連する神社を地域別に探せます。

健康祈願とは

健康祈願は、心身の健全・無病息災を願うご利益。病気が起きてから祈る「病気平癒」と異なり、健康な今を維持し未来も元気で過ごせるよう予防的に祈るのが基本です。年初の初詣で「家族の健康を守ってください」と祈るのも、広い意味での健康祈願にあたります。

無病息災と長寿信仰の歴史

「無病息災(むびょうそくさい)」は病なく過ごすという意味の四字熟語で、古来の最大の願いのひとつでした。医薬の神・少彦名神は大国主命と共に国を造り「医薬・温泉・禊」を人々に広めたとされ、薬祖神として全国に祀られています。奈良時代には疫病が流行するたびに国家規模の祈祷が行われており、神社と健康の関わりは日本史の根幹に刻まれています。

健康祈願に特化した代表的神社

大阪: 少彦名神社(道修町・薬業の神社として製薬企業が多く集まる) 東京: 五條天神社(上野・医薬の神として古くから知られる)、神田明神 奈良: 大神神社(三輪の神・医薬の神として有名) 全国: 湯の神・温泉神社(各地の温泉地に「健康・療養の神」として祀られる)

健康祈願の種類

無病息災: 病気にならないよう予防的に祈る。年初の定番 長寿祈願: 高齢者の長寿・健やかな老後を祈る 身体健全: 特定の臓器や体の部位の健康を祈る 精神安定: 心の健康・うつ予防・ストレス解消を祈る(近年増加) 術前安全: 手術を前に安全に乗り越えられるよう祈る

参拝のポイント

年始の初詣(1月)で1年の健康を祈るのが最も一般的。誕生日・厄年・大病後の節目にも祈祷を受ける伝統があります。初穂料は5,000〜10,000円。 家族まとめて祈祷を受ける場合は全員の名前・生年月日を伝えれば一括で読み上げてもらえます。健康守・無病息災のお守りは財布・定期入れなど毎日持ち歩くものに入れるのが伝統。1年を目安に更新し、古いお守りはお焚き上げへ。

よくある質問

健康祈願と病気平癒は何が違いますか?

健康祈願は「現在健康で、これからも維持したい」予防的な祈り。病気平癒は「現在病気で、早期回復を願う」治療的な祈り。現在健康な人は健康祈願、病気・療養中の人は病気平癒が中心になります。両方を一緒に祈ることも可能です。

家族の健康をまとめて祈れますか?

可能です。家族全員の名前と生年月日を申し込み用紙に書けば、神職が一人一人の名前を読み上げて祈祷してくれます。家内安全とセットで祈ることも多いです。

健康祈願のお守りはいつまで持てば良いですか?

1年を目安に更新するのが伝統。年末年始に古いお守りを神社に返納(お焚き上げ)し、新しいお守りに切り替えます。1年無事でいられたことへの感謝を込めて返納するのが作法です。

精神的な健康(メンタルヘルス)も健康祈願で祈れますか?

もちろんです。神道での「健康」は心身一体の概念で、精神的な安定・ストレス解消・うつ予防も健康祈願の範疇に含まれます。「心の健康をお守りください」「ストレスに負けない強い心をください」という祈りも受け取っていただけます。

術前・手術前に健康祈願をするのは良いですか?

良い習慣です。手術を前に「安全に乗り越えられますように」「医師の手に力が宿りますように」と祈る方は多くいます。術後には「回復したお礼」のお参りをするのが伝統的です。

温泉神社は健康祈願に効果がありますか?

温泉地に多い温泉神社は「湯の神(温泉の神)」を祀り、古来から療養・健康の信仰の場でした。少彦名神が温泉を発見・薬湯として広めたという神話から、温泉神社は健康祈願の強い縁起を持ちます。温泉旅行の際に参拝するのも良い習慣です。

健康運を高める参拝の作法はありますか?

境内の澄んだ空気の中で深呼吸し、御手洗(みたらし)で手を清める「浄化」の作法が健康祈願と相性が良いとされます。早朝参拝で清浄な気を浴びること、境内の長い参道を丁寧に歩くことも「心身のリセット」になります。