由緒
創建年代は不詳だが、神亀元年(724)の多賀城創建の頃には既に鎮座していたと伝わる古社で、奥塩老翁神・奥塩老女神の二柱を祀る。社地の小高い丘は歌枕「浮島」の地とされ、山口女王が大伴家持に贈った歌にも詠まれた。延久6年(1074)には『朝野群載』に浮島社の名が見え、天皇の御体の平安を占う儀式の対象に選ばれている。江戸時代には「多賀神社」と称された時期もあり、明治4年(1871)に浮島村の総鎮守として村社「浮島神社」となった。境内には光源氏のモデルともいわれる源融を祀った大臣宮が合祀されており、元禄2年(1689)には松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の途中に立ち寄ったと伝えられる。